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プレスリリース
重い元素の多価イオンが発する

 自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市 所長・竹入康彦)は、上智大学(東京都千代田区 学長・早下隆士(お名前の「隆」の字について、正しくは生の上に横一画))らとの共同研究の下で、大型ヘリカル装置(LHD)で生成される高温プラズマの内部に、高原子番号の元素を入射し、極端紫外領域の発光スペクトルを計測することで、過去に実験的に観測されていなかった新たなスペクトル線を発見しました。
 本研究成果は、7月4日から開催された欧州物理学会プラズマ物理学会議において招待講演として発表しました。

リリース概要

 核融合科学研究所の鈴木千尋助教、村上泉教授らの研究グループは、上智大学の小池文博非常勤講師らとともに、核融合科学研究所のLHDの高温プラズマ中にさまざまな高原子番号の元素を入射して多価イオンを生成し、そこから発せられる光を波長ごとの成分に分けて計測しました。この結果、過去に観測されていなかった新たなスペクトル線(元素に固有の波長の光)を、初めて実験的に見いだしました。この成果は、基礎学術的に有意義であるのみならず、短波長光源開発などのプラズマ応用研究に有用な基礎データとなる可能性があります。

研究の背景

 原子やイオンはエネルギーを受け取ると、エネルギーの高い状態(励起状態)に変化した後、その元素に固有の波長の光(スペクトル線)を発してエネルギーの低い状態(基底状態)に戻ります。炭素や酸素、鉄など、比較的軽い元素については発光のスペクトル、すなわち光の波長に対する強度分布が詳細に調べられ、各元素のスペクトル線についてのデータベースも公開されています。ところが、元素周期表で第5周期以降にある高原子番号の元素(例えば、スズや金など)の中には、発光スペクトルの全容が分かっていない元素も多数存在します。特に原子から多くの電子がはぎ取られた状態である多価イオン(*1)からの発光は、スペクトル線の波長さえ、実験によって調べられていないものもあります。これらの元素の多価イオンの中には、プラズマの産業応用研究や核融合研究などにおいて重要な元素も含まれており、発光スペクトルの理論予測の実験的検証が求められています。しかし、多価イオンの生成には高いエネルギーを必要とするため、それを生成できる実験装置が限られています。
 核融合科学研究所のLHDは、高温プラズマを安定して長時間閉じ込めることができる装置です。そのため、高原子番号の元素をごく少量高温プラズマ中に混入させることによって、多価イオンを容易に生成して、発光を調べることができます。また、プラズマの温度や密度などが正確に測定できるため、発光スペクトルの理論予測の検証に役立つデータベースが得られると考えられます。

研究成果

 元素周期表で第5周期及び第6周期に位置する、スズ、ガドリニウム、タングステン、金、ビスマスなどの重い元素を、LHDの高温プラズマ中で多価イオンにし、極端紫外領域(波長1〜15ナノメートル程度)の発光スペクトルを、斜入射型真空紫外分光器(*2)を用いて系統的に観測しました。
 この実験ではまず、LHDで高温プラズマ中の不純物の挙動を調べる目的で開発されたトレーサー内蔵固体ペレット(*3)(TESPEL)という技術を活用して、重い元素をごく少量高温のプラズマ中に入射しました。その後、プラズマの加熱パワーをコントロールして、電子温度の高い状態から低い状態に変化させました。生成される多価イオンの価数は様々ですが、こうすることで、電子温度の変化に対応してプラズマ内で支配的となる多価イオンの価数が変わることにより、スペクトルが劇的に変化する様子を一度の実験でまとめて計測することに成功しました(図1)。一連の元素についてスペクトル線を確認した結果、テルビウム、ホルミウム、ツリウム(原子番号65,67,69)の新たなスペクトル線を、世界で初めて実験的に発見しました。理論的に予測される波長によく一致しているスペクトル線と、系統的にややずれているスペクトル線があり、理論予測の実験的検証に有用なデータといえます。

研究成果の意義

 本研究結果は、これまでに実験的に観測されていなかった新たなスペクトル線を見いだしたという点で、基礎学術的な意義があります。また、原子番号50~83の範囲のうち、これまでに半数以上の元素がLHDで系統的に調べられていますが、本研究で構築したデータベースはいくつかのプラズマ応用研究において基礎的な指針を与える可能性があります。
 例えば、スズ等は、次世代の半導体加工技術として期待されているEUVリソグラフィ(*4)用のプラズマ光源材料として研究が進められています。また、金やビスマスは、いわゆる水の窓(*5)領域を用いた高コントラスト生体顕微鏡の光源材料の候補となっています。タングステンは、国際熱核融合実験炉(ITER)における壁材料として、プラズマ中に混入したイオンの発光メカニズムの理解が求められています。本研究で得られた一連の実験データベースは、これらの研究開発において、シミュレーションの精度向上等に役立つ基礎データを提供するものと考えられます。

図1 温度の変化にともなうテルビウムの発光スペクトルの変化。波長7.203ナノメートルのピークが36価のイオンのスペクトル線、6.852ナノメートルのピークが18価のスペクトル線です。
図1 温度の変化にともなうテルビウムの発光スペクトルの変化。波長7.203ナノメートルのピークが36価のイオンのスペクトル線、6.852ナノメートルのピークが18価のスペクトル線です。

【用語解説】
(*1) 多価イオン:中性の原子から、多数の電子がはぎ取られたイオンで、核融合プラズマや太陽コロナ等の高温プラズマ中に存在する(高温プラズマ中には、高エネルギーの電子や光があり、それらが原子から電子をはぎ取る)。電子に対する原子核からの強い静電気力の影響で、中性原子や低価数のイオンとは異なる性質を示す。
(*2) 斜入射型真空紫外分光器:空気中で透過できない、波長およそ1〜50ナノメートルの領域で使用される分光器。光を波長ごとに分ける装置を一般に分光器と呼ぶが、この波長領域では、装置全体を真空にし、光を回折格子に極めて浅い角度で入射する必要があるため、このように呼ばれる。
(*3) トレーサー内蔵固体ペレット(TESPEL):高温プラズマ中の不純物の挙動を解明するために、核融合科学研究所において開発された技術で、ポリスチレン製の中空球の内部に固体状の不純物を封入したペレットを、射出装置を用いてプラズマ中に入射する。プラズマの中心に近い位置に直接不純物を注入できる利点がある。
(*4) 極端紫外(EUV)リソグラフィ:極めて短波長の極端紫外(EUV)光を用いて、シリコンウエハ上に微細な回路パターンを転写する半導体加工技術。波長が短いほどより微細なパターンを転写することが可能となる。スズプラズマの発光を用いた波長13.5ナノメートルのリソグラフィ技術が現在開発段階にある。
(*5) 水の窓:波長2.3〜4.5ナノメートルの領域。この領域の光は、主に炭素からなるタンパク質に対しては不透明であるが、水に対してはほぼ透明であるためこのように呼ばれる。生体は主にタンパク質と水で構成されるため、この領域の光を使うと生きたままの生体を高いコントラストで容易に観察できるとされ、顕微鏡用の高効率の光源開発が求められている。

【本件のお問い合せ先】
  • 核融合科学研究所・ヘリカル研究部・基礎物理シミュレーション研究系・准教授
    兼 対外協力部副部長 
    樋田美栄子(といだ みえこ)
    (TEL: 0572-58-2379)
  • ヘリカル研究部・高温プラズマ物理研究系・助教 
    鈴木 千尋(すずき ちひろ)
    (TEL: 0572-58-2255)