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プレスリリース

令和元年6月5日

大学共同利用機関法人自然科学研究機構
核融合科学研究所

“ナノスケール彫刻技術”を開発

概要

 核融合工学研究プロジェクトの時谷政行准教授、永田大介特任専門員らの研究グループは、ナノメートル(ナノは10億分の1)の世界におけるイオンビームを用いた彫刻技術を開発し、金属の中で最も硬いタンスグステンの表面の極近傍を100ナノメートル以下の超薄膜に削り出すことに成功しました。これにより、硬い材料の断面のしかも表面の極近傍を、透過型電子顕微鏡で観察して、原子レベルの損傷を超高分解能で調べることが可能になりました。このような原子レベルの観察は材料の寿命予測等に不可欠であり、それを可能とする本彫刻技術は、核融合研究に貢献するだけでなく、広く材料開発全般への応用が期待できます。

研究の背景

 自動車、航空機、建築物などには、硬い材料が使われています。金属、炭素、セラミックスなどがその例ですが、どんな硬い材料も、その表面の極近傍には原子レベルの大きさ(ナノメートルのスケール、ナノは10億分の1)の損傷や欠陥が生じる可能性があります。材料の寿命予測や新材料の開発においては、どのような種類の損傷がどの程度の深さまで形成されるかを調べることが必要です。そのためには、材料表面の極近傍の断面(つまり、表面に対して垂直な断面で最も表面に近い領域)をナノスケールの分解能で精密に観察しなければなりません。核融合研究でも、そのような精密観察は重要です。核融合炉では、プラズマの影響を最も受ける機器(ダイバータと呼ばれる)に、一般の金属の中で最も硬い「タングステン」が用いられます。プラズマの影響を受けてタングステン表面の極近傍に生じる原子レベルの損傷を、ナノスケールの分解能で精密観察することは、核融合発電実現に向けた材料研究には必須です。
 ナノスケールの世界の観察には、観察対象(試料)に電子ビームを当てて透過させて観察する、透過型電子顕微鏡が用いられます。材料表面の極近傍断面を透過型電子顕微鏡で観察するには、まずは、材料表面から試料片を切り出します。その後、その試料片を、電子ビームが透過しやすくなるように、最表面部を残しつつ100ナノメートル以下の厚さの超薄膜に切削加工しなければなりません(図1)。ところが、硬い材料をこのように超薄膜化することは極めて難しく、従来の技術ではほぼ不可能でした。そのため、硬い材料の表面の極近傍断面を原子レベルの超高分解能で観察することはできませんでした。

研究成果

 硬い材料の表面の極近傍を超薄膜化するには、ナノメートルの世界における優れた彫刻技術、いわゆる「ナノスケール彫刻技術」の開発が必要です。時谷准教授、永田特任専門員らの研究グループは、この技術の開発に挑みました。材料は金属の中で最も硬いタングステンで、超薄膜化には集束イオンビーム/電子ビーム加工観察装置(FIB-SEM)を使用します。FIB-SEMは、直径約30ナノメートルの細さのガリウムイオンビームを材料に照射することで、ナノスケールの切削加工を行う装置です。同研究グループはこれまでも、FIB-SEMを用いてタングステンの超薄膜化を試みてきました。しかし、タングステンが硬いために強めに削らなければならず、薄くしようとして削り過ぎて最表面が無くなってしまうといった問題がありました。そこで今回は、最表面を残すように、イオンビームの照射位置と方向を工夫しました。そして、それらを微妙に調整しながら、何度もイオンビームを照射することで少しずつ薄くしていきました。その結果、タングステンの最表面を残した状態での100ナノメートル以下の超薄膜化に成功しました(図2)。つまり、硬い材料の表面の極近傍を超薄膜化するナノスケール彫刻技術が開発できたのです。
 完成した超薄膜を透過型電子顕微鏡で観察した結果、表面の極近傍に生じている原子レベルの損傷を、はっきりと確認することができました(図3)。このように、ナノスケール彫刻技術によって透過型電子顕微鏡を用いた超高分解能観察が可能になったことで、核融合炉において重要な材料であるタングステンの寿命予測などの精度向上が期待されます。また、タングステンに添加物を加えて高性能化する研究を進めていますが、その研究にも重要な情報を提供できます。

研究成果の意義や今後の展開など

 今回開発したナノスケール彫刻技術は、タングステンだけでなく、その他金属材料、半導体、炭素材料、セラミックス材料など、どんなに硬い材料にも応用できます。それを用いて、表面の極近傍を超薄膜化すれば、透過型電子顕微鏡を用いて原子レベルの損傷や欠陥を見つけることが可能となります。現在は自動車産業への応用展開を検討中です。

図1プラズマとタングステン表面との相互作用(左)と表面の極近傍断面の観察(右)の模式図

図1  プラズマとタングステン表面との相互作用(左)と表面の極近傍断面の観察(右)の模式図。タングステンが高温プラズマと接触することで、原子レベルの損傷(サイズはおおよそ1~100ナノメートル)が表面の極近傍に密集して生じます。これらを観察するためには、小さな試料片を切り出した後、ナノスケール彫刻技術を使って、表面を残しつつ超薄膜化します。薄いと電子ビームが透過しやすくなるので、透過型電子顕微鏡で高分解能観察できます。

図2ナノスケール彫刻技術による超薄膜の作製過程

図2  ナノスケール彫刻技術による超薄膜の作製過程。集束イオンビーム/電子ビーム加工観察装置(FIB-SEM)を用いて、1) ~ 4) の順に加工を行います。下列の1)と4)は、それぞれ上列の 1)、4) に対応した実物の電子顕微鏡写真です。髪の毛の太さの約1,000分の1の世界を拡大して観ています。1) 高温プラズマに接触した表面に膜を付けて保護し、この面がわずかに下に傾斜し横を向くよう固定します。2) ガリウムイオンビームを照射して、斜め2方向から削ります。最表面を残すようにビームの照射位置と方向を工夫します。3) それらを微妙に調節しながら先端部がさらに薄くなるように削ります。この際、ビームを傾けて、下側に向けて薄くなる形を作ります。4) さらに削っていくと黄色の線で囲んだ領域が特に薄くなり、100ナノメートル以下の超薄膜となります。ここを透過型電子顕微鏡で観察します。

図3ナノスケール彫刻技術で作製したタングステンの超薄膜を透過型電子顕微鏡で観察した画像

図3  ナノスケール彫刻技術で作製したタングステンの超薄膜を透過型電子顕微鏡で観察した画像。ここで、タングステンは、あらかじめヘリウムの高温プラズマと接触させており、その影響で表面付近にヘリウムバブルという損傷が生じています。画像では、この損傷は明るい球体として見えており、その構造がはっきりと確認できます。また、元々のタングステン表面がしっかり残っていて、損傷の表面からの深さも分かります。

【用語解説】

※1 ダイバータ
 磁場のカゴで高温のプラズマを閉じ込める装置では、プラズマの粒子は少しずつカゴの外へと出てくるため、そのような粒子や不純物をダイバータに導いて排出する。将来の核融合炉では、ダイバータの表面には高い熱負荷が予想されるため、金属の中で最も硬くて融点の高いタングステンが用いられる。核融合発電の鍵を握っている重要な機器の一つ。

※2 透過型電子顕微鏡
 数万ボルト以上の高電圧を使って加速された高エネルギーの電子ビームを使い、超薄膜に加工した材料内部を観察するための超高分解能電子顕微鏡。図3の透過型電子顕微鏡では20万ボルトの電子ビームを用いている。

※3 集束イオンビーム/電子ビーム加工観察装置(FIB-SEM)
 ガリウムイオンビームを照射した際に生ずるスパッタリング(イオンの衝撃で表面原子が飛び出すこと)を利用して、ナノスケールの超精密切削加工を行うための装置。市販されているものだが、硬い材料への応用は一般的でないため、本研究では、ビームの入射方向や位置を工夫する必要があった。

※4 分解能
 どれほど小さなものが見えるのかを表現するときに使用する言葉。「分解能が高い」とは、より小さなものが見えやすいということ、逆に「分解能が低い」とは、小さなものが見えにくいということ。