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プレスリリース

平成27年12月9日

高温プラズマ中の新現象を発見<br />新しい突発現象の発見とそのメカニズムの解明

 自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市 所長・竹入康彦)は、大型ヘリカル装置(LHD)で生成される1億度に及ぶ高温プラズマの内部を計測するために、LHDで開発した高エネルギー重イオンビームプローブ(HIBP)と呼ばれる計測装置を用いて、九州大学応用力学研究所(福岡県春日市 所長・大屋裕二)と共同研究の下で、高温プラズマ中に突発的な揺らぎが発生する新しい現象を発見し、そのメカニズムを解明しました。
 この研究成果をまとめた論文2誌が、12月下旬(予定)に米国物理学会が発行する科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載されます。

リリース概要

 核融合科学研究所の井戸 毅 准教授らの研究グループは、核融合科学研究所のLHDで開発した重イオンビームプローブと呼ばれる電位計測器と磁気センサーを用いて、プラズマ中に突発的な揺らぎが発生する新しい現象を発見しました。
 また、九州大学応用力学研究所の伊藤 早苗 教授らの理論グループとの共同研究により、そのメカニズムを解明しました。
 突発的な揺らぎの発生は、核融合プラズマだけでなく、宇宙におけるプラズマ中にも見られており、それらの物理機構は数10年来の謎となっています。今回の研究成果はそれらの研究の指針になると期待されます。

研究の背景

 核融合発電の実現を目指して、1億度以上の高温プラズマを効率よく発生させるための研究が世界中で行われています。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)や、現在国際協力で建設が進められている国際熱核融合実験炉(ITER)などが代表的な例です。高温のプラズマは、通常は安定して閉じ込められていますが、時々、突然大きな揺らぎが発生し、プラズマが逃げだしてしまう現象が発生することがあります。このような現象は、核融合発電のエネルギー効率を左右し、さらに、機器にダメージを与える可能性があるため、その発生メカニズムを明らかにし、発生を予言し回避することが重要な課題です。
 一方、宇宙プラズマにおいても、太陽フレアの発生など、似たような突発的現象が発生することが知られており、突発的な発生を予言することが重要と考えられています。
 しかし、いずれの場合も、なぜ突然、大規模な現象が発生するのかはよく分かっておらず、現在でも、未解決の問題となっています。

研究成果

 LHDにおいて生成される、1億度に及ぶ高温プラズマの内部で発生する現象を観測するために、高エネルギーの重イオンを用いる計測器(重イオンビームプローブ(*1))をLHDでは開発しています。これを用いてプラズマ内部の揺らぎの計測を行ったところ、通常は安定で発生しないと考えられる揺らぎが、突発的に大きな振幅を伴って発生するという新しい現象を発見しました(図1左)。実験データを詳しく調べると、この突発的な揺らぎの発生より前に別の揺らぎが発生しており、それがきっかけとなって突発的な大振幅の揺らぎが発生していることを示す結果が得られました。さらに、共同研究によってこの現象を説明するための新しい理論モデルを構築し、数値シミュレーションで確認を行ったところ、実験結果を再現することができました(図1右)。今回の研究で、今まで知られていなかった突発的な揺らぎの発生現象を発見し、そのメカニズムを解明し、発生を予言することに成功しました。

研究成果の意義

 本研究結果の重要な点は、安定だと考えられていた揺らぎが、外部から与えられるきっかけがあるレベルを超えると、突発的な大振幅の揺らぎの発生に至るという物理メカニズムが高温プラズマ中に存在することを実証し、その発生条件を明らかにしたことです。このような性質を持つ揺らぎは亜臨界不安定性(図2)と呼ばれています。
 突発的な大振幅の揺らぎが発生する現象の例として、核融合を目指した磁場閉じ込めプラズマ中では、鋸歯状振動(*2)やディスラプション(*3)と呼ばれるプラズマの性能を左右するような崩壊現象、宇宙プラズマにおいては太陽フレアの大規模な発生などがありますが、そこで見られる突発的な現象の発生メカニズムは長く議論されてきた未解決の問題です。このような突発的な現象を引き起こす候補として、亜臨界不安定性の存在が理論的に指摘されていました。本研究により、世界で初めてプラズマ内の測地線音波*4)にそのような不安定性が存在することを実証し、この現象の発生を予言することに成功しました。これらの成果は、今後、広く観察されている多くの突発的な現象の理解を進める上での指針を与えることになると期待されます。
 今回発見した突発的な揺らぎは、プラズマの加熱に寄与する可能性が指摘されています。さらに、今回の研究成果は、機器へのダメージを回避する等、今後の核融合研究に大きく寄与するものです。

図1 揺らぎの強度の時間変化(上)とその周波数の変化(下)。左が本実験で発見された揺らぎの信号、右が開発した理論モデルに基づくシミュレーションによる再現。 図2 “亜臨界不安定性”のイメージ。揺らぎの成長に対する復元力を示している。振幅がしきい値よりも低いと振幅は0に近づいて安定である()。中心から離れ、しきい値を超えると、急激に成長する()。

用語解説

(*1)重イオンビームプローブ(HIBP)
   磁場で閉じ込められた高温プラズマ中の電位や密度の揺らぎを測定するための計測器。1億度に及ぶプラズマの電位を計測する際、テスターのような固体の探針を入れることができません。そこで固体の代わりに重イオンを入射します。プラズマ中を通過して出てきた重イオンのエネルギーの変化から電位を、検出される重イオンの個数の変化からプラズマの密度の情報を同時に得ることができます。
(*2)鋸歯状振動
   ドーナツ型のプラズマ内部において、温度分布、密度分布がほぼ周期的に崩壊と再生を繰り返す現象。プラズマ中心部の温度やX線の放射強度を測定すると、緩やかな上昇と急激な減少を繰り返しており、信号の波形がのこぎりの刃のように見えるため、この名前が付いています。
(*3)ディスラプション
   核融合プラズマの閉じ込め方式の一つであるトカマクにおいて見られる崩壊現象で、1000分の1秒程度の短時間にプラズマが消滅してしまいます。この時放出される熱エネルギーや電磁エネルギーが装置自体に損傷を与える可能性があり、トカマク型核融合炉においては、このような崩壊現象が発生しない制御法の確立が重要です。なお、ヘリカル型核融合炉では、このような崩壊現象は発生しません。
(*4) 測地線音波(Geodesic acoustic mode)
   飛行機が目的地迄最短距離で飛ぼうとする時、大圏航路を取ります。大圏航路の道筋は、「測地線」とも呼ばれ、地球儀の上で離れた点を「まっすぐ」結ぶ曲線です。プラズマがドーナツ形状をしているため、プラズマを閉じ込める磁力線は、測地線になりません。プラズマが帯電すると、磁力線と垂直に運動しますが、磁力線が測地線でないので、プラズマは圧縮されたり膨張したりします。その圧縮・膨張に伴う振動が「測地線音波」と呼ばれるものです。
この測地線音波が発生すると、プラズマの乱流を抑え、また、核融合反応で生まれる
アルファ粒子のエネルギーを燃料に伝える等、様々な可能性があります。核融合にとって重要な振動と考えられています。

論文情報

1. “Strong destabilization of stable modes with a half-frequency associated with chirping geodesic acoustic modes in the Large Helical Device”

T. Ido1, K. Itoh1,2, M. Osakabe1,4, M. Lesur2*, A. Shimizu1, K. Ogawa1,4, K. Toi1, M. Nishiura3, S. Kato1, M. Sasaki2, K. Ida1,4, S. Inagaki2, S.–I. Itoh2, and the LHD Experiment Group1

1. National Institute for Fusion Science
2. Research Institute for Applied Mechanics, Kyushu University
3. University of Tokyo
4. University of Tokyo

日本語訳

“大型ヘリカル装置における周波数掃引測地線音響モード励起に伴う半周波数安定モードの強い励起現象”

井戸毅1、伊藤公孝1,2、長壁正樹1,4、レシュール マキシム2,*、清水昭博1、小川国大1,4、東井和夫1、西浦正樹3、加藤眞治1、佐々木真2、居田克巳1、稲垣滋2、伊藤早苗2、 HD実験グループ1

1. 核融合科学研究所
2. 九州大学応用力学研究所
3. 東京大学
4. 総合研究大学院大学

*M. Lesur博士は現在Institut Jean Lamour, Universite de Lorraine (ロレーヌ大学ジャンラムール研究所)准教授

2.“Nonlinear excitation of subcritical instabilities in a toroidal plasma”

M. Lesur1*, K. Itoh2,3, T. Ido2, M. Osakabe2,4, K. Ogawa2,4, A. Shimizu2, M. Sasaki1,3, K. Ida2,4, S. Inagaki1,3, S.-I Itoh1,3, and the LHD Experiment Group1

1. Research Institute for Applied Mechanics, Kyushu University
2. National Institute for Fusion Science
3. Research Center for Plasma Turbulence, Kyushu University
4. SOKENDAI (The Graduate University for Advanced Studies)

日本語訳

“トロイダルプラズマにおける亜臨界不安定性の非線形励起”

レシュール マキシム1*、伊藤公孝2,3、井戸毅2、長壁正樹2,4、小川国大2,4、清水昭博2、佐々木真1,3、居田克巳2、稲垣滋1,3、伊藤早苗1,3

1. 九州大学応用力学研究所
2. 核融合科学研究所
3. 九州大学極限プラズマ研究センター
4. 総合研究大学院大学

本件のお問い合せ先

核融合科学研究所・ヘリカル研究部

ヘリカル研究部・基礎物理シミュレーシ研究系・准教授 兼 広報委員会副委員長

樋田 美栄子(といだ みえこ)

電話:0572-58-2379  

ヘリカル研究部・高温プラズマ物理研究系・准教授

井戸 毅(いど たけし)

電話:0572-58-2179

九州大学

極限プラズマ研究連携センター/応用力学研究所 センター長・教授

伊藤早苗(いとう さなえ)

電話: 092-583-7721、FAX: 092-583-7723

極限プラズマ研究連携センター/応用力学研究所 教授

稲垣 滋(いながき しげる)

電話:092-583-7716、