HOME > ニュース > プレスリリース > 核融合研の研究者ら、NIBS awardを日本人として初めて受賞
平成28年11月4日
―水素負イオン源の研究に新たな展開をもたらす―
自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の竹入康彦所長、津守克嘉教授、池田勝則助教、中野治久助教は、9月にオックスフォードで開催された「負イオンに関する国際会議(NIBS)」で、これまで行ってきた負イオン源の性能向上と負イオン源プラズマ計測への貢献によりNIBS awardを共同受賞しました。
リリース概要
核融合科学研究所の津守克嘉教授らの研究グループは、「水素負イオン源」という装置の大幅な性能向上に成功するとともに、複数の計測装置を用いて、負イオン源のプラズマを多角的に調べることで、今まで知られていなかった負イオン源プラズマの詳細な物理現象を実験的に明らかにしました。これらの成果が評価され、9月にオックスフォードで開催された「負イオンに関する国際会議(NIBS)」において、NIBS awardを受賞するに至りました。この研究の進展は、負イオン源の高性能化、ならびに核融合発電実現に必要なプラズマの高性能化に対して大きく貢献すると期待されます。
研究の背景
物質は、加熱すると固体から液体、液体から気体へと変化します。気体にさらに熱などのエネルギーを加え続けると、物質を構成する分子や原子すらもがバラバラになります。この状態のことをプラズマと呼びます。
通常、水素のプラズマは、正(プラス)の電気を帯びたイオンと、負(マイナス)の電気を帯びた電子、電気的に中性な原子などで構成されますが、プラズマ中へセシウムという金属の蒸気を添加すると、負の電気を帯びた「負イオン」を作ることができます。通常のイオン(「正イオン」と呼びます)が、原子から電子を剥ぎ取った状態なのに対し、負イオンは原子に余分な電子をくっつけた状態なのです。
核融合科学研究所では、この負イオンをプラズマの加熱のための機器であるNBI(中性粒子ビーム入射加熱装置)に用いています(図1)。NBIは、生成した負イオンの高速ビームを、電気を帯びていないビーム、すなわち中性粒子のビームへと変換し、大型ヘリカル装置(LHD)の中に生成したプラズマに入射することで、プラズマの温度を上げることができます。
従来のNBIは、水素正イオンのビームを用いていましたが、ビームのエネルギーが100キロ電子ボルト以上になると中性粒子ビームへの変換効率が低下します。一方、核融合プラズマ閉じ込め装置は大型化する傾向にあり、100キロ電子ボルト以上の高エネルギーの中性粒子ビームが必要不可欠になってきました。このため、当研究所では、高いエネルギーでも変換効率が高い『負イオン型NBI』を世界に先駆けて開発してきました。
現在、負イオン型NBIは、当研究所と日本原子力研究開発機構(現・量子科学技術研究開発機構)のみで実用化され、日本は本分野で世界のフロンティア的な立場にあります。当研究所では、NBIの高性能化のための改造を行い、3台の負イオン型NBIを用いて、世界記録である16メガワットのビームを、LHDのプラズマに入射することに成功しました(図2)。
核融合研究を発展させて核融合発電を実現するために、NBIには、より高い性能と安定性が求められています。NBIの性能は、主に、負イオンを作り出す装置である「負イオン源」の特性で決まりますが、今までのように負イオン源についての試行錯誤や経験則による開発研究では、コストが大幅に嵩み、かつ大幅な性能の向上を得ることが難しくなっています。飛躍的な性能向上のためには、実験研究やシミュレーション研究の結果から、負イオン源内で起こっている物理現象を理解する必要があります。ところが、負イオン源プラズマ内の粒子の動きを部分的に説明するモデルは数多くあるのですが、新たな負イオン源を構想するための全体像の理解がなかなか進んでいませんでした。そこで、当研究所のNBIグループでは、負イオン源内で起こっている物理過程を詳細に測定する研究を開始しました。
研究成果
当研究所では、負イオン源内に生成するプラズマの電子、水素正イオン、水素負イオンの密度や温度の空間的・時間的な変化を同時に測定できる複数の計測器を開発してきました。それらを用いて、今まで測定できなかった負イオン源内プラズマの詳細な挙動が、実験的に測定できるようになりました。
さらに、その測定結果を参考にして、NBI用水素負イオン源へ新たな開発と改良を重ねた結果、ビーム加速性能を劇的に向上させることに成功し、最大ビーム加速電圧190キロボルト、最大ビーム入射電力6.9メガワットという、1台の負イオン型NBIとしては世界最大値を達成しました。主な改良点としては、次の3点です。
- 負イオン生成部については、イオン源内部に生成するプラズマの閉じ込め効率を改善しました。
- イオン源内の電極については、図3のように、従来方式の多円孔電極(a)から、スロット状の孔を配置した電極(b)に変更しました。これにより、孔から引き出される負イオンビームの透過率が高くなり、ビーム加速性能が劇的に向上しました。
- 負イオン源内の様々な物理機構を計測するため、測定点を移動する新たな手法を開発しました。これにより、プラズマ中における、今まで得られなかった様々な負イオンの振る舞いを、世界で初めて測定できるようになりました(図4)。
当研究所の測定装置では、それぞれの現象を同時に測定できるため、各測定結果の関連を調べることで、今までよりも正確に負イオン源内プラズマの特性の分析ができるようになりました。
これらの成果が評価され、平成28年9月には当研究所のNBIグループが、オックスフォードで開催された「負イオンに関する国際会議(NIBS)」において、日本人としては初のNIBS awardを受賞しました。
図4. (a) 負イオン源の断面図とビデオカメラの視野(イオン源内を横方向から見ている)と、(b)負イオン源内部における引き出された負イオンの分布(赤い部分)。(a)図のA、B、C、Dは、ビデオ像では(b)のように見える。
研究成果の意義
本研究成果のうち、NBI用負イオン源の開発では、独自設計のスロット電極を導入したことが、特に注目されました。この方式の負イオン源の電極は、ロシアとヨーロッパで作られる予定の核融合発電実験装置であるDEMO用NBIでも取り入れられており、将来の核融合発電の実現に必要なプラズマの高性能化に大いに貢献するものです。
負イオン源内プラズマの計測の分野では、これまで計測されていなかった負イオン源プラズマの多数の物理量を同時計測できるようになったことで、世界中の負イオン源プラズマのシミュレーション研究に貢献することができます。さらに、詳細な計測によって負イオン源内のプラズマの現象を正確に理解することで、負イオン型NBIの高性能化と、負イオンプラズマに関連する研究のさらなる進展が見込まれます。
【本件のお問い合せ先】
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係