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平成28年11月4日
自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市 所長・竹入康彦)は、水素負イオン源内部に生成するプラズマの流れを詳細に計測することで、水素負イオンの振舞を世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は、10月17日(月)から10月22日(土)まで京都で開催された「第26回国際原子力機関(IAEA)核融合エネルギー会議」において発表され、大きく注目を集めました。
リリース概要
核融合科学研究所の木﨑雅志助教らの研究グループは、核融合科学研究所の「大型水素負イオン源」と呼ばれる機器の中のプラズマを、探針とレーザーを利用して計測することにより、水素負イオンの流れの測定に成功しました。この結果、水素負イオンの流れの方向が反転することを、世界で初めて実験的に実証しました。この成果は、プラズマ加熱用負イオン源の高性能化に対して大きく貢献するだけでなく、宇宙推進機や医療用ビーム源の開発にも貢献することが期待されます。
研究の背景
プラズマ加熱に用いられる中性粒子ビーム入射加熱装置(NBI)は、水素正イオンまたは水素負イオンを高エネルギーに加速し、中性粒子に変換してプラズマに入射します(図1)。この内、水素負イオンを利用するNBIは、核融合科学研究所のLHDと日本原子力研究開発機構(現・量子科学技術研究開発機構)のJT-60Uのみで実用化されており、日本が世界をリードしています。
NBIの初段は、「水素負イオン源」と呼ばれる機器です(図2-1、2-2)。水素負イオン源は、プラズマを作るプラズマ生成容器とプラズマ中の水素負イオン(原子に余分な電子がくっついた状態で、負(マイナス)の電気を帯びている)を高エネルギーに加速する加速器から構成されます。プラズマと接する板状電極には沢山の孔が開けられており、電極に電圧をかけることによって、孔から負イオンを引き出して、大電流の負イオンビームを生成することができます。負イオン源の中では、負イオンは板状電極の表面付近で生成されます。これは、電極表面を、電子を放出しやすい状態(仕事関数が低い状態)にしてあり、その表面に衝突した水素正イオンあるいは水素原子が電極表面から電子を受け取って、負イオンに変化するからです。図2-1に示したように、水素負イオンの生成直後の速度方向は、ビームの進行方向と逆方向であり、どのように水素負イオンがその速度の方向を変えてビームとして引き出されるのか、その物理機構は明らかにされていません。さらに、電極表面のどの部分で生成した水素負イオンがビームとして引き出されるのかも明らかにされていません。これまでに、水素負イオン源プラズマについて多くのシミュレーションが精力的に行われてきましたが、多くの物理過程が関係するため、実験結果を説明するような結果は未だ得られていません。また、特殊な装置や実験技術が必要なため、水素負イオンを計測することができる設備は限られています。
研究成果
核融合科学研究所の大型水素負イオン源には、水素負イオンの密度や電子の密度などを計測する各種装置が整備されており、プラズマを空間的・時間的に詳細に計測することができます。これらの装置を活用して、今まで実験的に計測することが困難であったビーム引き出し中の水素負イオンの挙動を明らかにすることができました。こうした計測が可能な施設は、世界でも当研究所だけです。
また、ビーム引き出しに伴い水素負イオンの流れの方向がどのように変化するかを調べるために、4つの針状電極を持つ複合型探針とレーザー光を利用した、水素負イオンの流れを計測する手法を新たに開発しました。
この実験では、複合型探針の4つの針状電極毎にレーザー光を短時間照射し、それらの針状電極に流れる電流の変化を測定し、水素負イオンの速度を求めました。これらの操作を空間の多数の点で行うことで、ビーム引き出しに伴い、水素負イオンの流れがどのように変化するのかを調べました。その結果、ビームを引き出すと、板状電極で生成された直後の水素負イオンは電極から遠ざかって行き、その後Uターンしてビーム引き出し孔の方に流れていくことを初めて実験的に明らかにしました(図3)。水素負イオンの流れの詳細な構造を明らかにしたことは、実用的にも学術的にも価値が高い成果です。
研究成果の意義
本研究で開発した計測手法を応用することで、板状電極のより近くの負イオンの流れを計測できるため、ビームとして引き出される負イオンの起源を明らかにできる可能性があります。これにより、負イオン源の構造を最適化するための指針を与えることができます。
負イオン源は、核融合分野のみならず、医療用ビーム源にも活用されています。また、宇宙推進機の推力を得る手法として、正イオンと負イオンを交互に、または同時に放出する方法が研究されています。本研究で得られた実験結果及び新たに開発した計測手法は、これらの研究開発に貢献するものと期待されます。
【本件のお問い合せ先】
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係