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プレスリリース
NIFS

平成29年4月10日

イオン質量による乱流抑制のメカニズムを解明

大学共同利用機関法人自然科学研究機構・核融合科学研究所
国立大学法人名古屋大学

リリース概要

 自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市 所長・竹入康彦)数値実験炉研究プロジェクトでは、仲田資季助教らの研究グループが、名古屋大学大学院理学研究科(研究科長・杉山直)の渡邉智彦教授との共同研究により、イオン質量が大きな場合には、磁場で閉じ込められたプラズマ中の乱れ(乱流)が抑制され、熱や粒子の損失が低減するという物理メカニズムを理論・シミュレーション研究によって解明しました。この研究成果は、プラズマ物理・核融合研究当初から世界中のプラズマ実験に共通して長らく謎であった、軽水素プラズマに比べて重水素プラズマでは性能が向上する現象「イオン質量効果」の全容解明に向けた革新的な成果であり、今後の理論及び実験研究の進展に大きく貢献すると期待されます。本研究成果をまとめた論文が平成29年4月初旬に、米国物理学会が発行する科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載されます。

この研究成果をまとめた論文

掲載誌:Physical Review Letters, Volume 118 Issue 14 (2017)
論文タイトル: Isotope effects on trapped-electron-mode driven turbulence and zonal flows in helical and tokamak plasmas
(日本語訳: ヘリカルおよびトカマクプラズマにおける捕捉電子モード駆動乱流とゾーナルフローの同位体質量効果)
著者情報: 1Motoki NAKATA (仲田資季), 1Masanori NUNAMI (沼波政倫), 1Hideo SUGAMA (洲鎌英雄), and 2Tomo-Hiko WATANABE (渡邉智彦)
著者所属: 1National Institute for Fusion Science (核融合科学研究所)  2Department of Physics, Nagoya University (名古屋大学大学院理学研究科)

【研究の背景】

 核融合発電では、ドーナツのような円環状のプラズマ(多数の電子やイオンで構成される気体)の熱や粒子を強い磁場によって閉じ込め、1億度以上の高温状態を高い密度で長時間維持する必要があります。一日も早い実現を目指し、世界各国でトカマク型やヘリカル型※1等のプラズマ実験装置において研究が進められています。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、プラズマの更なる性能向上を目指し、平成29年3月7日から重水素を用いたプラズマ実験を開始したところです。LHDに先立って、世界各国で行われている多くのプラズマ実験では、通常の水素(軽水素)イオンの2倍の質量を持つ重水素イオンを用いることで、熱や粒子の閉じ込めが改善し、プラズマの性能が向上する現象「イオン質量効果」※2が観測されています。しかし、イオン質量の増大がどのようにして性能改善につながっているか、その詳しい物理メカニズムは分かっておらず、プラズマ物理・核融合研究当初からの長年にわたる最も重要な未解決問題の一つとなっています。
 「イオン質量効果」の解明には、実験研究に加え、理論・計算機シミュレーション研究も重要な役割を担っています。磁場で閉じ込められたプラズマの中には様々な波が存在しますが、特定の条件下ではそれらが時間とともに成長する「波の不安定性」と呼ばれる現象が発生することがあります。成長した波からは、やがて流れや渦が作り出され、高温状態ではしばしばそれらが不規則に乱れた「乱流」状態となります。乱流が発達するとプラズマ内部がかき乱されることにより、熱や粒子の閉じ込めが劣化してしまうため、実験観測やスーパーコンピュータを駆使したシミュレーションによって、乱流の研究が進められています。これまでの研究により、プラズマの乱流中では、「ゾーナルフロー」※3と呼ばれる、特殊な流れの構造が自発的に形成されることが明らかになっています。ゾーナルフローは互いに逆向きの流れがいくつも連なった縞状の構造をとり、乱流を抑制する上で重要な役割を担うことが分かってきています。ところが、乱流やゾーナルフローの詳しい発生条件や物理メカニズムには未解明な部分も多く残っています。それらに対するイオン質量の違いがもたらす影響が理論的に明らかになれば、実験で観測されている閉じ込め改善現象を正確に予測し、プラズマの更なる性能向上につなげることが可能となるため、研究の進展が大いに期待されています。

【研究成果】

 本研究では、磁力線に沿って往復運動する電子(捕捉電子)によって引き起こされる不安定性(捕捉電子不安定性※4)とそこから発達する乱流の詳しい解析を、当研究所の「プラズマシミュレータ」や理化学研究所の「京」といった最新鋭のスーパーコンピュータを駆使した5次元プラズマ乱流シミュレーション※5によって実現しました。シミュレーションの結果、密度が高い、より高性能なプラズマにおいてイオン質量の影響が顕著に現れることを明らかにすると同時に、電子とイオンの衝突が生み出す作用によって乱流が抑制されるという詳しい物理メカニズムを解明しました。また、それらの現象がヘリカル型とトカマク型で共通して存在することも発見しました。これにより、普遍的に観測されている「イオン質量効果」の解明とプラズマの高性能化の鍵を握る重要なメカニズムの一つを突き止めることができました。
 乱流抑制のメカニズムの詳細は、以下のとおりです。捕捉電子不安定性によって引き起こされた乱流はプラズマの熱や粒子の閉じ込めを劣化させますが、プラズマの中を飛び交う捕捉電子とイオンの衝突が不安定性を抑える(波の成長を抑える)働きをします。一定温度では、衝突はより高い密度で頻繁に生じますが、今回、この働きがイオン質量の大きい重水素プラズマでは軽水素プラズマに比べて顕著であり、その結果として、乱流が抑制されることを突き止めました(図1)。また、イオン質量の影響によって不安定性が弱くなった状態では、「ゾーナルフロー」がより強くなり、大きな渦や波を効果的に分断して乱流を更に抑制し、熱や粒子の閉じ込めを改善することも明らかにしました(図2)。
 以上のように明らかとなった、イオン質量が大きいプラズマにおける乱流抑制の全体像は図3のように模式的に表すことができます。これらの研究成果は、プラズマ物理・核融合研究における長年の未解決問題であった「イオン質量効果」の全容解明に向けた基盤的な知見を与えるものであり、今後の研究の進展に大きく貢献するものです。また、LHDをはじめとするヘリカル型のみならず、現在建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)に代表されるトカマク型のプラズマの高性能化にも広く役立つことが期待されます。

本研究は、核融合科学研究所共同研究、ポスト京重点課題6サブ課題D、HPCI「京」一般利用課題(hp160117)、並びに文部科学省科学研究費補助金(No.26820401,No.17K14899)の支援の下に実施されました。

図1

図1:プラズマ中の捕捉電子が引き起こす不安定性の強さが、衝突頻度の増加とともに低減することを示したシミュレーション結果。ヘリカル型(LHD)(左)及びトカマク型(右)のいずれの場合も、密度が高くなって衝突頻度が大きくなると、軽水素プラズマ(赤)と重水素プラズマ(青)の不安定性の強さが逆転し、質量の大きなプラズマでは不安定性が弱く(安定化)なって乱流が抑制される。なお、点は熱の損失量を示し、点線は将来の核融合炉で想定される衝突頻度を示す。

図2

図2:ヘリカル型(LHD)(左)及びトカマク型(右)プラズマにおける乱流の比較。濃い赤色の部分で強い渦や波が生じている。質量の大きい重水素プラズマでは帯状のゾーナルフローが渦や波を小さく分断して乱れを抑えている。ゾーナルフローは不安定性が弱い場合において、より顕著に形成される(下)。

図3

図3:重水素プラズマにおける捕捉電子不安定性とそこから発達する乱流の抑制メカニズムの全体像。イオン質量の大きい場合には、不安定性の低減とゾーナルフローの増大といった複合的なメカニズムの結果、プラズマ中の熱や粒子の損失量が抑えられている。

【用語解説】

※1 トカマク型とヘリカル型
プラズマを閉じ込める磁場構造の主な方式として、プラズマ中に電流を流すことによって捻れた磁場を維持するトカマク型と、コイル自身を捻るヘリカル型(ステラレータ型)がある。ヘリカル型ではコイルの捻れに合わせてプラズマも捻れるため、複雑な3次元形状をとる。代表的な装置にはDⅢ-D(アメリカ、トカマク型)やJT-60SA(日本、トカマク型)、LHD(日本、ヘリカル型)、W7-X(ドイツ、ステラレータ型)などがある。

※2 イオン質量効果
より専門的には水素同位体質量効果と称され、プラズマを構成するイオン質量が安定性や閉じ込め性能に与える物理的影響の総称。重水素は軽水素(通常の水素)の約2倍の質量を持つ。

※3 ゾーナルフロー
乱流から自発的に形成される流れ構造で、ある一定の間隔で流れの向きが反転している。互いに逆向きの流れが縞状にいくつも連なっていることから帯状流とも呼ばれる。熱や粒子の損失を生じる大きな渦や波をその流れの作用によって分断して抑制する効果がある。木星の縞模様を伴う大気においてもゾーナルフローが形成されている。

※4 捕捉電子不安定性
プラズマ中の捕捉電子の運動と波の伝搬が互いに揃う(共鳴する)ことによって、波が時間的に成長して大きくなる現象で、乱流を引き起こす原因となる。

※5 5次元プラズマ乱流シミュレーション
磁場で閉じ込められた高温プラズマの乱れの振る舞いは、数学的に5次元空間(粒子の3つの位置座標に速度の2成分が加わった数学的空間)の運動を表現する方程式で記述される。3次元の方程式で記述される水や空気の流動現象とは大きく異なり、プラズマが持つ複雑さや多様性を表している。スーパーコンピュータを最大限に活用して5次元の方程式を高速に解くことで、プラズマの乱流現象を解析する。核融合科学研究所では名古屋大学と共同で「GKV」というシミュレーションコードの開発を進めている。

【本件のお問い合せ先】

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係
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