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平成28年10月26日
プラズマ中の波の行方を調べる
-コスパ重視の捜査法の開発-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 大型ヘリカル装置(LHD)では、プラズマ中の電子を加熱するために電磁波を入射しています。電磁波は、プラズマの密度が濃い場所では伝わらなくなったり、異なる性質を持つ別の波に変化したりすることがあります。そのため、入射した波のエネルギーをできるだけ無駄なく中心付近の密度の濃い領域まで届けて電子を加熱するためには、電磁波がその領域をどのように伝わっていき、どこで別の波に変化し、どこで吸収されるのかを詳しく調べることが必要です。今回は、この波の伝わり方を計算で調べる方法とその開発について紹介します。
電磁波と光は本質的には同じものです。光の伝わり方というと、屈折することはあっても基本的に一筋の線(光線)に沿って伝わる、というイメージではないでしょうか。プラズマの屈折率は、プラズマの密度等が変わると、その値が変化します。そのため、LHDのプラズマのように密度が位置によって異なる、すなわち密度が空間的に変化する場合は、屈折率も空間的に変化します。この空間変化がゆっくりで、電磁波の一波長分の長さの間では屈折率はほとんど変わらないような領域では、一筋の線というイメージで電磁波も伝わっていきます。このような場合、電磁波の行方をコンピュータによる数値計算で調べるのは比較的簡単です。屈折率の変化から波の進む方向が予測できますので、その変化を考慮に入れながら次のステップではどちらの方向に進むべきかを次々計算して一筋の軌道を追跡していくことができます。刑事が一人で逃げていく泥棒の足跡を一歩一歩たどっていくようなものです。
ところが、プラズマの屈折率の変化が大きい領域ではこの方法が通用しなくなります。まず、プラズマの密度が濃くなると屈折率がゼロになる場所が現れ、その周りでは屈折率が急激に変化します。すると、その領域は電磁波に対して「壁」のようなものになり、電磁波は、その壁の手前で跳ね返される電磁波とそこを通り抜けていく電磁波に分かれてしまうため、伝わり方を一筋の軌道で表せなくなるのです。さらには、通り抜けた電磁波は引き返し、屈折率が急激に大きくなる場所に向かっていって他の性質を持つ別の波に変わってしまいます。泥棒が、まるで忍者のように、分身の術・壁抜けの術・変身の術を使うようなものです。このような場合、まず「壁」を抜けた泥棒がどこに現れ、どのような姿に変身し、どの方向に逃走するかを刑事が一人で押さえることができません。コストはかかりますが大人数を投下し、広域捜査を行って調べる必要があります。コンピュータで波の行方を追う場合も、広い領域を細かく区切ってメッシュ状にし、それぞれの場所で電場と磁場の振る舞いを表す方程式を解くという多くの計算が必要になります。
このように、一筋の軌道を追いかける方法と、広い領域をメッシュ状にして計算する方法の2つの計算手法がありますが、現在、それらを組み合わせた数値計算コードを開発中です。一筋の軌道を追えば良い領域ではそちらを行い、コストのかかる広域捜査は、それが必要な領域のみ集中して行うというコストパフォーマンスを重視したものです。この数値計算コードには、次の2つのことが求められます。実験ではビーム状の電磁波をプラズマに入射しますが、その電磁波の軌道を再現できることと、より多くの実験データの解析を可能にするために計算コストを下げることです。これらを両立させるためには、2つの手法の切り替えを、いかにして上手く行うかがポイントになります。切り替えの位置と、その際に行われる電磁波の電場の受け渡しを最適化するため、現在、様々な検討を重ねています。
この数値計算コードが完成すれば、プラズマ密度の濃い領域での電磁波と「壁」を通り抜けた後に電磁波から変身した別の波について、詳しく理解できるようになります。変身後の波は、電気的な波ですが音波の仲間でもあり、電子を加熱することができます。その理解が進むことによって、濃い密度のプラズマでも電子加熱が効率よく行えるようになると期待されます。

以上

図:電磁波の伝わり方を、光線として軌道を追跡計算した結果(橙色の線)と、広域捜査のようにメッシュ状の各点で電場を全て計算した結果(カラーマップ)。右から左に向かってプラズマの密度が高くなり、「壁」が現れて波が反射されている様子が見えます。また、「壁」より高密度側では、波を光線として追えていないことも分かります。