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平成29年2月1日
電子顕微鏡で調べるプラズマと材料の相互作用
-結晶方位の影響を発見-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 将来の核融合炉ではプラズマに対向する(直接面している)部分の材料として、融点が高くて硬い金属であるタングステンが期待されています。核融合科学研究所では、タングステンがプラズマによってどのような影響を受けるのかを明らかにするため、プラズマをタングステンの表面に照射し、その表面の微細構造を電子顕微鏡などで分析する研究や、スーパーコンピュータを用いたシミュレーション研究(詳細はバックナンバー201を参照)などを行っています。今回は、ヘリウムプラズマをタングステンの表面に照射した時のタングステンへの影響について、新たに発見された現象を紹介します。
磁場閉じ込め型の装置では、磁場のカゴを使って、高温のプラズマが周りの対向壁(以下、壁とする)に直接触らないようにしていますが、磁場のカゴから逃げ出して壁に当たるプラズマ粒子も存在します。将来の核融合炉では重水素と三重水素(いずれも水素の同位体)の核融合反応によってヘリウムが生成され、プラズマ中に10 %程度のヘリウムが混ざると考えられていることから、核融合炉内の壁には水素同位体とヘリウムのプラズマが当たり、壁の材料に影響を与えて、材料の特性を変化させる可能性があります。また、壁から不純物が発生してプラズマに影響を与えたり、壁に入射した水素同位体やヘリウムが再び壁から出てきてプラズマに戻ったりすることもあります。このようにプラズマと壁がお互いに影響を与え合うことは「プラズマ・壁相互作用」と呼ばれており、重要な研究分野となっています。今回の研究では、金属材料への影響が大きいことが知られているヘリウムに着目しました。核融合炉では、壁の温度は500~700 ℃になると考えられますので、その温度範囲においてタングステンに対するヘリウムプラズマの照射の影響を調べました。
タングステンにヘリウムプラズマを照射すると、タングステンの中ではヘリウムが集まって、数ナノメートル(ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)程度の小さなヘリウムの気泡(バブル)が形成されます。泡が形成される場所は、表面から数10ナノメートルの深さです。照射量が多くなると、気泡が成長し、タングステンの表面構造も変化します。特に、900 ℃を超える高い温度領域では、ファズ(綿毛)と呼ばれる綿毛状の構造が形成されることが知られています。今回、900 ℃よりも低い温度領域では、ナノスケールの波状の構造が表面に形成されることが新たに分かりました。
タングステンのような金属は、見かけ上は一様に見えますが、1000分の1ミリメートルから10分の1ミリメートルの大きさの、結晶粒と呼ばれる粒から構成されています。ひとつの結晶粒の中では、結晶方位(原子の並び方の方向)が揃っていますが、異なる結晶粒では結晶方位が異なります。今回新たに発見した波状の構造を、走査型電子顕微鏡(SEM)で分析したところ、結晶粒によって波の向きと間隔が異なっていることが分かりました。これは、結晶方位の違いによって波状の構造が影響されていることを示しています。また、波状構造がどの深さまで形成されているのかを調べるため、プラズマが当たる面を収束イオンビーム(FIB)で切り出して、波状の構造の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察しました。すると、波状構造の高さは8 ナノメートル程度で、タングステンの結晶がヘリウム照射によって乱される深さと同程度であることが分かりました。さらに、ヘリウムプラズマ照射後の表面は、結晶粒ごとに表面の高さが異なり、プラズマが当たる面が損耗する速度も結晶方位によって異なることも分かりました。
これらの発見は、ヘリウムプラズマの照射によってタングステンの表面に引き起こされる影響が、結晶方位によって異なることを示しており、材料特性の改善やプラズマへの不純物混入の観点から重要な情報を与えています。
今後は、さらにプラズマ照射実験と分析を行って、これらの現象を詳細に調べるとともに、現象のメカニズムを明らかにする研究を進めます。

図1 (a) はタングステン表面のSEM像です。タングステンは結晶粒で構成されていて、不規則な形をした結晶粒の断面が世界地図のように見えます。左下にある横線はSEM像上で10マイクロメートル(マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)の長さを示しています。(b)は結晶方位の2次元分布で、電子線の後方散乱回折(EBSD)を用いて調べたものです。色の違いは(c)に示した結晶方位に対応しており、結晶粒によって結晶方位が異なっていることが分かります。(001)や(011), (111)などは,結晶構造を持つ材料中の原子の並び方の方向を表す指数です。

図2 タングステンにヘリウムを照射した時に形成される波状の表面構造のSEM像です。結晶粒の境界付近を拡大して示しています。波の向きや間隔が結晶粒によって異なっています。図中に示した立方体は結晶の向き(図1 (c)参照)を表していて、太い矢印は(001)の方向を示しています。波状の構造は太い矢印で示した、ある特定の方向に沿って並んでいることが分かります。

以上