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平成29年5月24日
プラズマの非等方性を調べる
-偏光分光計測-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマは磁場を使って閉じ込められています。プラズマの中の電子は磁力線に巻きつくように動き、その軌跡は螺旋状になっています。これは、電子は磁場方向には制限されず移動しますが、磁場の向きと垂直な面内では回転運動しているからです。電子の回転の周波数と同じ周波数の電磁波をプラズマに入射すると、電子の回転運動が加速されて、磁場に垂直方向の速度が上昇します。一方、磁場方向の運動は影響を受けません。結果として、電子は磁場の方向と、磁場に垂直な方向とで異なる速度(つまり温度)を持つことになります。このような温度の非等方性は、磁場による電子の閉じ込めの特性に影響を与えるので、プラズマ中で磁場の方向と磁場に垂直な方向の温度比が実際どうなっているのかを知ることは大変重要ですが、現在のところ有効な計測手段は確立していません。
電子の運動の非等方性を知るためのひとつの可能性は、プラズマ中の原子もしくはイオンが出す光にあります。原子は、電子と衝突すると、電子が持っていた運動エネルギーの一部を受け取って高いエネルギー状態に遷移します。高いエネルギー状態は不安定なので、時間が経過すると(典型的には、ナノ秒程度で)元のエネルギーの低い状態に戻りますが、この時に差分のエネルギーを光として放出します。
光は電磁波の一種です。電磁波は光(電磁波)の進行方向に対して垂直に振動しています。波の振動方向は様々で、我々が日常的に目にするほとんどの光はいろいろな振動方向の波が同程度に混ざっています。しかし、時には、ある振動方向の成分だけ多く含まれている光もあります。このような光を「偏光している」といいます。
電子と衝突した原子から出てくる光の振動方向は、電子の運動の方向によって影響を受けます。そのため、電子の運動に非等方性があると、原子からの光も偏光します。LHDでは、水素原子が発する光の偏光の大きさを調べて、プラズマ中の電子の運動の非等方性を求めるための研究を進めています。分光器と呼ばれる、光を波長成分に分解してスペクトルを計測する装置に、ある偏光成分だけを取り出すことのできる特殊な光学素子を組み込み、どの方向に振動している成分の強度が高いかを調べます。しかし、LHDのプラズマでは、予想される偏光の大きさは小さく、1,000分の1程度(0.1%程度)の光の強度の違いを検出する必要があり、原理は分かっていても、これまではこのような高い精度での計測は困難でした。
その困難を乗り越えるためのヒントは、私たちと同じ自然科学研究機構に属する国立天文台の太陽観測グループとの共同研究の中にありました。太陽の大気はプラズマ状態にありますが、その中の水素原子は、太陽が放射する光を吸収して高いエネルギー状態へ遷移します。それに伴う発光は、太陽の放射光の非等方性のため偏光しています。国立天文台では、高精度な光学素子を独自に開発し、太陽プラズマにおける偏光を高精度に計測しています。核融合科学研究所は、主に原子発光の偏光生成に関する理論の構築を行っています。LHDのプラズマと太陽のプラズマでは偏光を生じる機構は異なりますが、目に見える現象は同じものです。また、どちらのプラズマも主に水素でできており、LHDで水素原子の発光を観測することは比較的容易です。共同研究を進める中で、国立天文台が開発した高精度な光学素子をLHDでの偏光計測に応用できることに思い至り、数年間の計測機器開発を経て、ついにLHDにおいても高精度な偏光計測が実現しました。
現在は、理論を基にした計算プログラムの開発に取り組み、LHDで観測された偏光の大きさから、電子の運動の非等方性について具体的な結論を導き出すことを目標にして研究を進めています。

以上

図1

図1:電子との衝突で原子が発する光(発光線)が偏光する原理の模式図。青と赤の電子の衝突による発光線を、それぞれ青と赤で表していますが、電子の運動の方向によって光の振動の向きが影響を受けます。

図2

図2:LHDで観測された偏光している水素原子発光スペクトルの例。上図は発光強度の波長分布(スペクトル)で、赤線と青線は光の振動方向が異なります。下図は、上図の赤線と青線の差を、それらの和で割ったもので、偏光度と呼びます。スペクトルの中央部で偏光度が大きいことがわかります。