HOME > 研究活動 > 研究レポート > 重水素プラズマで抑制される乱れと熱の損失

平成29年6月14日
重水素プラズマで抑制される乱れと熱の損失
-スーパーコンピュータで解き明かす物理メカニズム-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 核融合発電の実現には、プラズマを長時間閉じ込めて1億度に及ぶ高い温度の状態を維持する必要があり、世界各国の研究機関でプラズマの閉じ込めに関する研究が行われています。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、プラズマの更なる性能向上を目指し、重水素ガスを用いた実験を開始しました。これまでに国内外で行われてきた多くのプラズマ実験では、通常の水素(軽水素)イオンの2倍の質量を持つ重水素イオンを用いることで、プラズマの持つ熱の損失が低減し、プラズマの性能が向上する現象「イオン質量効果」が観測されています。しかし、イオンの質量の増大がどのようにして性能向上につながっているか、その詳しい物理メカニズムは分かっておらず、プラズマ物理・核融合研究の四半世紀以上にわたる未解決問題の一つとなっています。
これまでの研究により、熱の損失を引き起こす最も大きな要因は、プラズマ内部に発生する「乱流」であることが明らかになっています。乱流とは、不規則に乱れた波や渦などのことですが、プラズマの乱流現象は極めて複雑です。磁場によって閉じ込められたプラズマでは、乱流によって多量の熱がプラズマの外側へ運ばれて損失する場合があります。また、ある条件下では、乱流から自発的に「ゾーナルフロー(帯状流)」と呼ばれる特殊な流れが形成されることがあります。ゾーナルフローは、互いに逆向きの流れがいくつも連なった縞状の構造を作ることによって、渦を分断して乱れを抑制する効果があります。さらに、プラズマ中では多数の電子とイオンが飛び交っており、それらは時折衝突することがありますが、その衝突は乱流の種となる不安定性(乱れの成長)を抑制する効果があります。このように多様な物理メカニズムが幾重にも折重なっているため、プラズマの乱流現象の解明にはスーパーコンピュータによるシミュレーション解析が欠かせません(詳しくはバックナンバー268をご参照ください)。
核融合科学研究所では、重水素プラズマの性能向上の鍵となるイオン質量効果を乱流やゾーナルフローなどに着目してシミュレーション研究を進めています。特に、LHDやトカマク型装置における軽水素プラズマと重水素のプラズマの乱流についての系統的なシミュレーションは、膨大な計算量を要するためにこれまでは実施が困難でしたが、本研究所の「プラズマシミュレータ」や理化学研究所の「京」といった最新鋭のスーパーコンピュータによって、これを実現できるようになりました。これにより、捕捉電子と呼ばれる、磁力線に沿って往復運動する電子が引き起こす不安定性(乱れの成長)や、そこから発達する乱流やゾーナルフローが、プラズマを構成するイオンの質量によってどのような影響を受けるかを詳しく調べてきました。
そして、この度、軽水素プラズマと重水素プラズマの系統的なシミュレーションによって、プラズマ密度が高く、電子とイオンの衝突頻度が大きい場合は、イオン質量の影響がより顕著になり、重水素プラズマにおいて不安定性がより抑制されて乱流が弱くなることで、熱の損失が低減することを発見しました。また、このイオン質量の影響を受けた重水素プラズマでは、ゾーナルフローもより強くなり、大きな渦や波を効果的に分断して乱流を更に抑制していることも明らかにしました。
これらの物理メカニズムはヘリカル型とトカマク型で共通して存在することも発見し、長年の未解決問題であったイオン質量効果の全容解明とプラズマの高性能化の鍵を握る重要なメカニズムの一つを突き止めることができました。現在、シミュレーションで予測されたこれらの物理メカニズムを、LHDの重水素プラズマ実験と協力して更に詳しく検証を進めています。

以上

(左)プラズマ中の捕捉電子が引き起こす不安定性が、電子とイオンの衝突頻度の増加とともに低減することを示したシミュレーション結果。密度が高くなって衝突頻度が大きくなると、軽水素プラズマ(赤)より重水素プラズマ(青)の方が、不安定性が弱く(安定化)なって乱流が抑制されます。なお、点は熱の損失量を、点線は将来の核融合炉で想定される衝突頻度を示しています。(右)LHDプラズマにおける乱流の様子。濃い赤色の部分で強い渦や波が生じていますが、質量の大きい重水素プラズマではゾーナルフロー(青線)が強く形成され、渦や波を小さく分断して乱れを抑えています。