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平成29年7月5日
ノイズを落として温度を正確に測る
-トムソン散乱計測器をグレードアップ-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 大型ヘリカル装置(LHD)を含め、世界中の高温プラズマ発生装置では、トムソン散乱計測器という計測器を利用して、プラズマの電子温度と電子密度を測定しています。その測定原理は、強力なレーザーパルスで光の粒(光子)をプラズマへ入射し、プラズマ中を運動している電子に当たって散乱された光を観測して、電子温度と電子密度を測定するというものです。測定原理は比較的単純なのですが、光がプラズマ中の電子で散乱される確率が非常に小さいため、細心の注意を払って測定を行う必要があります。LHDのトムソン散乱計測用のレーザー装置は、1回のレーザーパルスの入射で1000京個(10の19乗)の光子を入射します。しかし、電子の大きさは直径約1千兆分の6m(6×10の-15乗m)ととても小さいので、なかなかうまく電子に当たりません。当たる確率は1千億分の1程度(10の-11乗)で、散乱される光は1000京個の内の1億個程度(10の8乗)です。さらに、狭い観測窓を通じて観測しなくてはならないことなどから、実際に計測器で観測できる光は1万個かそれ以下にまで減ってしまいます。確率からすると割の良い話ではないのですが、この光はプラズマの温度と密度の情報を持つお宝のような貴重な光です。LHDでは、最新技術を駆使した高性能なトムソン散乱計測器を用いて、この光を観測してきましたが、この度、これを更にグレードアップしました。
これまで、LHDのトムソン散乱計測器は、1回のレーザーパルスを入射している時間帯でプラズマから出てくる光を観測し、その信号は全てレーザーパルスによって散乱された光によるものとしていました。しかし、プラズマから出てくる光は、レーザーパルスによる散乱光だけではありません。また、計測器には、いろいろな電気的ノイズがあります。このため、従来の計測器で得られた信号には、レーザーパルスによる散乱光以外によるものが含まれており、これらのノイズと本当に測定したいレーザーパルスによる散乱光の信号を区別するのに曖昧さが残りました。
そこで今回、LHDのトムソン散乱計測器を、レーザーパルスによる散乱光を区別して観測できるよう、グレードアップすることを検討しました。グレードアップのポイントは、高い時間分解能です。レーザーパルスによる散乱光と電気的ノイズ等の不要な信号とでは、時間変化が異なります。そのため、時間変化を詳しく観測できれば、例えば、散乱光に比べて速い時間変化をする電気的ノイズは、散乱光と区別することができます。また、レーザーパルスを入射していない時間帯の変化は、主に、プラズマから出てくる他の光によるものと考えられます。これらを利用することで、本当に測定したいレーザーパルスによる散乱光の信号だけを精度良く分離することができます。LHDのトムソン散乱計測器で観測するレーザーパルスの信号は、時間幅が1億分の2秒(20ナノ秒)という極めて短いものです。このパルスより細かい20億分の1秒(0.5ナノ秒)以下の時間分解能で観測できれば、レーザーパルスによる散乱光とそれ以外を区別して測定できます。約20年前、LHDのトムソン散乱計測器を開発した時は、このようなことができる計測器はとても希少なものでしたが、昨今の技術革新によって様々な実験分野でも利用できるようになってきました。
まずは、このような高い時間分解能を持つ計測器を使ったデータ取得システムを試作し、国際共同研究を行っている、韓国のKSTARや中国のHL-2Aといった高温プラズマ実験装置で試験を行いました。その結果、これまでの計測器に比べて、レーザーパルスによる散乱光のデータの信頼性が3倍から10倍以上に向上することが確かめられました。そして、LHDにおいても、平成29年2月に開始した第19サイクルのプラズマ実験から、このグレードアップしたトムソン散乱計測器を用いた観測を開始し、より信頼性の高い散乱光のデータが得られるようになりました。これにより、電子温度や電子密度がより正確に測定できるようになり、高温プラズマの理解が更に深まると期待されます。

以上

図1

図1 トムソン散乱計測器による信号の模式図。観測信号(黒線)には、レーザーパルスによる散乱光(赤線)の他に、プラズマからの他の光(青線)や電気的ノイズ(緑線)が含まれていています。これらは時間変化が異なるので、高い時間分解能で観測できれば、本当に観測したい散乱光(赤線)を分離できます。

図2

図2 LHDでのグレードアップしたトムソン散乱計測器による測定結果。線の色(チャンネル)は観測している光の波長に対応しており、信号強度(縦軸)の波長依存性から電子温度が、強度そのものから電子密度が分かります。レーザーの散乱光の信号が大きいチャンネルではノイズの影響はほとんどありません。信号が小さいチャンネルでは、ノイズの影響がありますが、このノイズを除去して散乱光を推定するには十分な性能です。