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平成31年4月24日
宇宙の重元素の起源に迫る光の分析を可能に
-最高精度の原子過程データを計算-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 私たちの身の回りには様々な種類の元素がありますが、それらの元素のほとんどは宇宙で作られました。宇宙は、大爆発のような現象であるビッグバンによって誕生したと考えられています。この時、水素やヘリウム等の軽い元素が作られました。その後、それらの元素が集まって星が生まれ、星の中の核融合反応によって、より重い炭素や酸素や鉄等の元素が作られました。ところが、鉄は最も安定な元素であるため、鉄より重い元素は、通常の星の中の核融合反応では生成されません。鉄より重い元素が、宇宙のどこで、どのように作られたかは、よく分かっておらず、重元素の起源は天文学上の長年の謎とされています。今回は、この謎の解明に向けて、核融合科学研究所が大きく貢献していることを紹介します。
宇宙の重元素の起源の一つとして近年注目されているのが、「中性子星」の合体です。中性子星は、文字通り、主に中性子でできた星で、質量は太陽ほどですが、直径は20kmほどしかありません。2017年8月、2つの中性子星の合体で発生した重力波が、人類史上初めて観測されたというニュースをお聞きになった方もおられるかと思います。この際、重力波とともに、「キロノバ」と呼ばれる爆発に伴う光も観測されていました。このキロノバの爆発の中で、金やプラチナ等の貴金属や、私たちの生活に欠かせないレアアース等の多くの重元素が生成されたと考えられています。
元素には光を吸収するという性質があり、その光の波長や吸収の度合いは元素に固有で、それらを原子過程データと呼びます。この原子過程データを用いて、キロノバの光について、どの波長がどの程度弱くなっているかを分析することで、中性子星の合体によって生成された重元素の種類と量を推定できます。ところが、重元素の原子過程データは、世界基準で広く使われているものが極めて少ないという問題があります。
核融合研究においては、原子過程データは、高温のプラズマ中に混入する微量な不純物(鉄等のイオン)の量や動きを分析するために必要です。核融合科学研究所では、リトアニアとの国際共同研究によって、高精度な原子過程データを、計算を使って構築する研究を進めています。これまで核融合研究が対象としてきた元素の種類は、キロノバの分析研究が対象としているものとは異なりますが、計算手法の応用は可能です。そこで、核融合科学研究所では、天文分野と協力して、キロノバ分析に向けた重元素の原子過程データの構築研究を開始しました。
今回、キロノバの光吸収に最も重要な影響を与える元素「ネオジム」に注目しました。原子過程データを求めるためには、元素の中で多くの電子が互いに影響を及ぼしあっていることを計算する必要があります。この相互作用の計算は、電子の数が多くなればなるほど規模が大きくなり困難になります。ネオジムは鉄等の比較的軽い元素に比べて多くの電子を含んでいるため、核融合研究で用いてきた計算コードを適用しただけでは、計算に膨大な時間がかかってしまいます。
電子の相互作用の計算は、想定される電子の配置からいくつかを選んで組み合わせるという方法が用いられます。そこで、どの配置をどのように組み合わせれば現実的な時間で高精度な計算ができるのか試行錯誤を重ね、その結果、最適な電子の配置の組み合わせを見付け出すことに成功しました。これにより、原子過程データを比較的短期間で求められる計算コードができました。そして、この計算コードを用い、核融合科学研究所の計算機とリトアニアのビリニュス大学の計算機を使って、大規模計算を実施した結果、ネオジムが吸収する約300万通りの波長の光に関する原子過程データを求めることができました。このうち、実験で観測されているデータはごく一部ですが、それらの実験データと今回の計算を比較したところ、以前の計算に比べて大幅に精度が向上しており、世界最高精度のデータであることが確認できました。
このように、核融合科学で培われた計算手法によって、キロノバ分析に必要な原子過程データを高精度で得ることができました。このデータによって、宇宙の重元素の起源を解明する研究が大きく進展すると期待されます。

以上

※ 人工的に合成された元素(超ウラン元素など)もありますが、それらは不安定な元素で天然にはほとんど存在しません。

図1 キロノバとその中での重元素による光の吸収と再放出の模式図

図1 キロノバとその中での重元素による光の吸収と再放出の模式図

図2 電子の相互作用の計算のイメージ図

図2 電子の相互作用の計算のイメージ図