レーザープラズマ ‐コード開発とシミュレーション研究を振り返って‐

坂上仁志

 大学でシミュレーション研究に興味を持ったきっかけは、授業で常微分方程式を数値的に解く方法を学んだのと同じ頃に、それをアナログ(デジタルではない!)コンピュータで解くという実験があり、その結果を数値的に解いた結果と比べたいと強く思ったことです。そして、当時流行っていたマイコン(パソコンではない!)のショールームに赴いて数値解法を四苦八苦しながらプログラムし、実行して得られた結果がアナコンの結果と同じだったことに感激するとともに、プログラミングの面白さにも目覚めました。その後、かなり自由に学生でもコンピュータを利用できる環境があった大阪大学レーザー核融合研究センター(現レーザー科学研究所)に配属される研究室を希望し、シミュレーション研究者としての最初の一歩を踏み出しました。センター在籍中の3年間では、1次元/2次元静電粒子コードを開発するとともにダブルレイヤー(電気二重層)の生成機構を解明し、1.5次元相対論的電磁粒子コードを開発してレーザーとプラズマの相互作用をシミュレーションし、誘導ラマン散乱の様々な特性を明らかにしました。また、コンピュータやOSにも非常に興味が湧いたので、そのハードウェア構造や仕組み、システムソフトウェア内部での詳細な動作について、常駐されていたSEさんから学び、オペレータコンソールからの特権コマンドを一般ユーザが端末からでも実行できるユーティリティを作成したりしていました。

 1982年に修士課程修了後は民間企業に就職し、サーフェースモデラーを用いたCADシステムの主にグラフィックドライバ、6軸ロボットの姿勢制御ソフト、火力発電ボイラーの配管間隙板設計ソフト、タービンブレードの一貫生産システム及び会話型プログラム開発支援システムの開発等の様々な業務に携わり、多くのコードを書きました。また、米国ポキプシーにあるIBMの開発拠点を訪問し、IBM 3090VFのベクトル機構を効率よく利用するために多くのアプリをチューニングした経験が、HPC(High Performance Computing)と呼ばれる分野の研究に足を踏み入れる契機になりました。その後、スーパーコンピュータの運用やサポートに携わりつつ、レーザー核融合の爆縮過程における一様性を阻害する流体力学的不安定性の研究に着手し、衝撃波や接触面を高精度にシミュレーションすることができる2次元/3次元圧縮性流体コードを開発しました。そして、レイリー・テイラー不安定性の2次元/3次元における線形・非線形時間発展および電子熱伝導による抑制効果等を一貫して調べ、その研究成果により1990年に大阪大学から工学博士号を授与されました。特にレイリー・テイラー不安定性のフル3次元シミュレーションは、当時ほとんど例がなく、先駆的なシミュレーション研究であったと自負しています。

 1993年に姫路工業大学(現兵庫県立大学)が新設した情報工学科に助教授として着任し、アカデミアとしてのシミュレーション研究者の生活が始まりました。そして、高速点火レーザー核融合において超高強度レーザーと高密度プラズマの相互作用によって生成される高速電子の特性を調べるために、重み付き粒子を導入し、汎用的なプラズマとレーザーの条件を指定できる新たな相対論的電磁粒子コードを開発し、研究を開始しました。この高速点火レーザー核融合の物理を理解するためには、多数の現象が相互に絡み合った極限状態の複雑現象を解明しなければなりませんが、空間・時間スケールが大きく異なる複数の現象を同時に扱う必要があります。このためには、階層的に積み上げられた多数のコードから成る統合されたシステムの構築が必須となりますので、輻射・流体コード、相対論的粒子コード及び燃焼コードにより統合シミュレーションをするシステムも開発し、これまでに多くの学術的成果が得られています。一方の多次元流体コードを用いた研究では、数値的な不安定性を克服する新たな人工粘性を提案しました。また、HPCを促進する観点から3次元流体コードを並列処理言語であるHPF(High Performance Fortran)を用いて実装し、当時世界一であったスーパーコンピュータである地球シミュレータ上で高効率に実行し、研究を進めました。この成果は、並列計算機の専門家ではない研究者でも、大規模並列コンピュータの高性能を比較的容易に享受できることの実証であり、2002年のSupercomputing Conferenceにおいてゴードン・ベル賞(実効性能部門言語賞)の受賞(写真1)につながりました。

写真1 ゴードン・ベル賞(実効性能部門言語賞)の受賞
写真2 NIFターゲットチャンバー前での記念撮影

 2005年には核融合科学研究所理論・シミュレーション研究センターに教授として着任し、シミュレーション研究を続けるとともに、招聘教授(客員教授)として名古屋大学大学院理学研究科の複雑性科学理論研究室を担当して大学院学生の教育にも携わりました。相対論的粒子コードについては、2.5次元/3次元の通常版を開発しただけではなく、先進的な動的負荷分散フレームワークを用いた並列版も開発し、シミュレーションの適応範囲を広げました。さて、高速点火レーザー核融合に関連する研究では、引き続きレーザープラズマ相互作用を多次元シミュレーションし、コア加熱に適した特性の高速電子が生成できるようにターゲット構造を最適化する研究に従事しました。そして、レーザー連携研究部門の主査として、大阪大学レーザー科学研究所と連携協力し、レーザー核融合の研究開発を推進してきました。レーザー核融合の研究に携わる研究者として、退職前の昨年12月に米国ローレンス・リバモア国立研究所のNIFにおいて、2.05MJ(メガジュール)のレーザーエネルギー投入によって、それ以上である3.15 MJの核融合エネルギーが得られた実験成果の発表を聞けたことは、2009年に米国で開催された国際会議の際にNIFを訪問し、ターゲットチャンバーの前で記念撮影(写真2)してもらっていますので、感無量です。

さらに、レーザープラズマの工学的応用が期待されているレーザー誘起ナノ周期構造についても粒子シミュレーションを行い、その形成機構を解析しました。また、HPCに関連する研究では、逐次プログラムからシームレスに並列化及び高性能化を支援する超並列プログラミング言語XcalableMPの仕様策定と処理系の開発/評価を並列プログラミング言語仕様検討会(現PCクラスタコンソーシアムXMP規格部会)のメンバーとして行いました。また、高性能Fortran 推進協議会(旧HPF推進協議会)の会長として、並列Fortranに関するシンポジウムの主催及びFortran教育のための教材作成等により、Fortran文化を守るための活動を続けています。

 さて、私は、コンピュータやシミュレーションに関連する仕事に長年携わってきましたが、その間のコンピュータを取り巻く技術の進歩には驚愕し、隔世の感があります。今や、コンピュータを使うことは、分野に関係なく必須となっていますが、計算物理の研究者は、シミュレーションを完全なブラックボックスとして使いがちなことに危惧を抱いています。一方、計算機科学の研究者は、物理には関心を持たずコンピュータの中の世界しか見ていない傾向が強いと感じています。それを踏まえ、両者の橋渡しに勤めてきたつもりですが、少しでも両分野の相互理解に役立ったのなら、幸いです。

 最後に、これまでの研究生活を続ける上でお世話になった皆様に感謝いたします。どうもありがとうございました。

(基礎物理シミュレーション研究系 教授)