水素と金属材料の相互作用
-材料構造の変化と水素の蓄積に関する研究-

小林真


小林真

図1.金属材料への放射線入射に伴い発生する照射欠陥と水素のふるまいの概略図

 核融合発電では水素の同位体を燃料として用います。炉内での水素は固体・液体・気体・プラズマと様々な化学状態となり炉を構造する金属材料と接触します。ここで、水素は原子番号1番の最も小さい原子であるため、材料の結晶構造の隙間に入り込み、内部を移動、蓄積する現象が起こります。ここでは、金属材料内部での水素のふるまいと材料構造の変化に伴う水素の蓄積に関する予測研究について紹介します。

 水素は核融合炉の燃料であり、材料中に水素が蓄積すると燃料の損失になります。また、水素が金属材料中に蓄積すると、水素脆化という材料が脆くなる現象が起こるため、材料中の水素のふるまいを正しく理解し予測することは重要な課題です。核融合炉の真空容器壁では高速中性子などの放射線が材料原子に衝突することで、材料構造が変化し、水素のふるまいに影響を与えます。図1では、このような現象についてまとめています。水素原子は金属原子同士の隙間(結晶格子間位置)に侵入し、隣接する結晶格子間位置を介しながら移動します。また、結晶中に内因的に存在する欠陥(結晶構造が歪んだ箇所)中の水素は結晶格子間位置に存在する水素よりも安定であるため、欠陥による水素の捕獲現象が起こります。核融合炉の真空容器壁では、高速中性子が金属材料原子と衝突し、原子がはじき出され照射欠陥が生成します。このような場は温度も高いため、照射欠陥の生成と移動が絶えず起こるとともに、燃料である水素が材料内部に侵入し照射欠陥と相互作用することになります。

 さてこのような場では、材料中の水素濃度はどのように変化するのでしょうか?図2は筆者も参画する日米共同研究グループにより測定された、中性子照射したタングステンからの重水素(自然に存在する水素の同位体)の脱離挙動です。ここでは、タングステン試料は米国オークリッジ国立研究所の研究用原子炉(HFIR)にて1373 K(ケルビン)程度の温度下で中性子照射され、その後、重水素プラズマを曝露することで試料中に重水素を導入しています。図2で示された二つのスペクトルの面積が各試料中の重水素滞留量に相当していますが、図から明らかに、中性子照射することで重水素滞留量が大幅に増加していることが分かります。それだけでなく、重水素の脱離温度も高温領域にシフトしています。この結果は、中性子照射によりタングステン中に生成した照射欠陥が重水素を強く捕獲していることを示しています。タングステンは核融合炉の真空容器壁に用いられる材料ですが、炉環境に存在する高速中性子により照射欠陥が生成し、それにより燃料の損失量が増加することが示されました。

 続いて、このような照射欠陥を含んだタングステン中の水素のふるまいを予測することについて考えます。タングステン中の水素の移動は格子間位置を介した拡散現象により進行しますが、一部の格子点タングステン原子が高速中性子によりはじき出され、空いた状態(原子空孔)になります。拡散している水素がそのような箇所に到達すると捕獲現象が起こります。また、原子空孔に捕獲されている水素は温度上昇に伴い脱捕獲し、再度拡散できる状態となり、最終的に試料表面に到達し、水素分子を形成し脱離します。このような水素の拡散現象と原子空孔による水素の捕獲・脱捕獲過程、表面での脱離過程を考慮にいれたモデルを構築しスペクトルのシミュレーションを行ったところ、脱離挙動を十分に再現できることが分かりました(図2、青破線)。

図2.中性子照射したタングステン試料(赤線)、及び未照射タングステン試料(黒線)からの重水素脱離スペクトル。図の横軸は、試料温度、縦軸は1秒間に面積1 m2の試料から脱離する重水素の量を表す。中性子照射試料は、1373 Kで0.4 dpa (dpa: displacement per atom。高速中性子照射によるタングステン原子の平均はじき出し数)まで中性子照射した後、673 Kにて重水素プラズマに曝露しています。未照射試料は、473 Kにて重水素プラズマに曝露している。昇温速度10 K/min。青の破線は、モデルによるシミュレーションから予測された重水素脱離スペクトル。


 以上、タングステン中の照射欠陥、特に原子空孔により水素の滞留挙動が大きく変化することが示されましたが、実際の核融合炉では、タングステン中にどの程度の濃度の原子空孔が存在するのでしょうか?ここで、核融合炉の真空容器の形状は複雑で、冷却水配管などが設置されるため、高速中性子束や温度に分布が生じます。従って、原子空孔濃度にも分布が生じるため、その予測は簡単ではありません。この予測には、上で示したタングステン中での水素のふるまいに関するモデルだけでなく、様々な高速中性子束、温度環境下での照射欠陥のふるまいを予測するモデルが必要です。図3に照射欠陥のふるまいについてまとめています。照射欠陥は、原子空孔と格子間原子(はじき出された原子が格子間位置にとどまった状態)の2種類で、これらは結合することで消滅します。さらに、温度上昇に伴い各欠陥は拡散し、結晶表面において消滅します。また、拡散している欠陥同士で集合し大きな欠陥(原子空孔集合体、格子間原子集合体)が成長することが知られています。欠陥集合体は更なる温度上昇に伴い小さな欠陥集合体に分解します。欠陥集合体はその大きさにより拡散のしやすさ、熱的安定性などの性質が変化するため、欠陥集合数の変化に伴う物理化学特性を第一原理計算や経験的物理モデルに基づく外挿法などを用いて算出し、モデルに組み込むことで、照射欠陥のふるまいについてシミュレーションしました。

図3.照射欠陥である原子空孔と格子間原子の相互作用の概略図。これらの欠陥は集合体を形成し、集合体同士の反応の結果生じる欠陥集合体のサイズ(集合している欠陥の総数)は、反応する二つの欠陥集合体のサイズの和、又は差となる。

 図4は、シミュレーションの例として、523 Kにて6.4 MeV(メガ電子ボルト)の鉄イオンをタングステンへ0.24 dpaまで照射した際の原子空孔濃度分布を予測したものです。ここで、タングステン試料中において、原子空孔は様々な集合数の原子空孔集合体として存在するため、これらを単原子空孔に分解し濃度を算出しています。また、同様の条件で実際に照射を行ったタングステン試料に、重水素ガス曝露にて重水素を導入した際の重水素濃度分布[Y. Hatano et al., Nucl. Mater. Energy, 9 (2016) 93-97.]も図に示しています。両者の比較から、表面における濃度上昇や、その後の深さ領域におけるやや平坦な濃度分布、6.4 MeV鉄イオンの侵入深さに領域以降の急峻な濃度減少など、予測された原子空孔濃度分布と実験的に測定された重水素濃度分布が非常によく一致していることが分かります。

 今後は、上で示した金属中の水素のふるまいに関するモデルと照射欠陥のふるまいに関するモデルを統合し、広い温度分布・高速中性子束分布のある核融合炉における水素の蓄積量などの高精度評価を行う予定です。

(装置工学・応用物理研究系 助教)

図4.モデルによるシミュレーションから予測された6.4 MeV鉄イオンを0.24 dpa照射したタングステン中の原子空孔濃度の深さ分布(青線)と実験により評価された同様のタングステン試料中の重水素濃度の深さ分布(赤点)の比較。重水素濃度の深さ分布は核反応法により測定しています。図中に記載した原子空孔生成分布の予測の通り、タングステン中にて6.4 MeV鉄イオンは2 μm(マイクロメートル)程度までしか侵入できないため、約1.5 μm以降の深さ領域において原子空孔及び重水素濃度は急激に減少している。