プラズマの揺らぎが空間を伝わる様子を観測:核融合炉の装置内壁の熱負荷軽減への効果を世界で初めて発見

小林政弘


小林政弘

揺らぎの起源と伝播

 私たちの世界は揺らぎで満ちています。コップの中の水、地球上の空気、宇宙の塵など、すべてのものは不規則な揺らぎを伴って動いています。このような揺らぎを引き起こすエネルギー源は物質の温度や密度の勾配です。つまり、勾配がより平坦になろうとすることでそのエネルギーを放出し、揺らぎを引き起こすのです。コップの中のお湯は放っておくと周りの空気と同じ温度まで冷えていきますが、その時お湯や周りの空気には揺らぎが起こります。このような揺らぎは乱流とも呼ばれます。これまで、乱流は温度や密度の勾配のある場所のみで起こるとするモデルが広く受け入れられてきました。しかし、実際には勾配がないところでも乱流(揺らぎ)が観測されることがあります。船の後ろにできる航跡が広く海面上を伝わっていく様子などがその良い例と言えます。これは、乱流が勾配の無い空間を伝播していることを示唆しています。プラズマ物理の分野においても、1990年代から同様の現象が存在する可能性が指摘され始めました。しかし、地上における実験ではプラズマを閉じ込める装置サイズは有限であるため、常に勾配を持っています。従ってこのような乱流の伝播を観測することは難しく、その実験的な研究はほとんど進展してきませんでした。

 本研究では、プラズマを閉じ込める磁場のかご(磁場構造)を工夫することで、プラズマの温度と密度勾配が無い領域を作り出し、プラズマ乱流が伝播する様子を観測することに成功しました。また、その伝播は磁場の揺らぎと密接に関係していることや、装置内壁への熱負荷軽減に役立つことが初めて実験的に示されました。

核融合炉における揺らぎ

 核融合発電を実現するためには、磁場のかごでプラズマを閉じ込め、そのプラズマの中心温度を1億度以上に保つことが必要です。その一方で、装置内壁の熱負荷を減らすために、壁に近いプラズマの温度はできるだけ低くすることが求められます。このプラズマの温度勾配は1センチメートルで数百万度という極めて大きなものです。このような大きな温度勾配があると、渦を伴った流れである乱流がプラズマ中により発生しやすくなります(図1)。そして、乱流によってプラズマがかき混ぜられることで、閉じ込めていた熱が外へと逃げやすくなり、プラズマの中心温度が下がってしまいます。そのため、熱負荷と乱流をいかにして制御するかが、核融合発電実現の鍵を握っているのです。

 一方、乱流が局所的なプラズマの温度・密度勾配のみに依存するという従来のモデルでは不十分であるという指摘がなされ、また実際にそのようなモデルでは説明できない実験結果が報告されてきました。すなわち、乱流が空間を伝播するという新たなモデルが必要となってきています。

図1.LHDプラズマの模式図。左:プラズマはねじれたドーナツ形状をしている。右上:LHDプラズマの断面図。プラズマからの熱は徐々に外へと逃げていく。この熱を直接受け止めるダイバータ板(受熱板)に特に大きな熱負荷がかかる。右下:プラズマの温度・密度の空間分布。勾配の最も大きいところで乱流が発生しやすい。乱流の伝播過程は未解明の問題。

研究成果

 私たちの研究グループは、核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)において、磁場に揺らぎを発生させると、乱流がプラズマの外側に向かって伝播して、装置内壁の熱負荷が大幅に減ることを発見しました。これにより、乱流モデルと熱負荷の制御に新たな可能性を示しました。

 実験では、LHDの磁場構造(磁場のかご)を工夫して、プラズマ中に温度・密度の勾配が大きい所と小さい所を同時に作りました。この時、勾配の最も大きい所で乱流が発生し、同じ所に留まっていることを観測しました(図2(a)、図3左)。また、プラズマから流れ出てくる熱は狭い領域に集中し、この熱を受け止めるダイバータ板(受熱板)には、局所的に非常に大きな負荷がかかっていました。

 そこで、乱流が留まっている場所に磁場の揺らぎを発生させたところ、乱流が温度勾配の無い領域に向かって伝播していくことを発見しました(図2(a), 図3右)。そしてプラズマから受熱板へと向かう熱の流れが、この乱流に乗って広い領域に散らばっていることも分かりました。この結果、受熱板の熱負荷も広く分散し、その熱負荷の最大値は、磁場の揺らぎが存在しない場合に比べて、4分の1程度に減っていました(図2(b))。また、この時、プラズマの中心は高温・高密度状態を維持していることが確認できました。このように、磁場のかごを揺らすことで、プラズマの中心温度・密度を高く保ったまま、乱流を伝播させて熱負荷を減らせることを発見したのです。

図2.(a) プラズマ中の乱流の分布と、(b)装置内壁への熱負荷の最大値の時間変化。
図3.左:プラズマ中で発生した乱流が同じ場所に留まっている。受熱板に局所的に大きな熱負荷がかかっている。右:磁場の揺らぎが起こり、乱流がプラズマ中を伝播している。受熱板への熱の流れが広い領域に拡散して熱負荷の最大値が減少する。

研究成果の意義と今後の展開

 今回の研究成果によって、プラズマ中に発生する乱流と装置内壁の熱負荷の制御に、これまで知られていなかった全く新しい知見を示すことができました。そして、熱負荷低減という困難な課題が解決できる可能性が見えてきました。

 将来の核融合発電装置では、現在の装置よりも更に高温・高密度のプラズマを閉じ込めなければなりません。乱流の発生がより顕著になるとともに、核融合反応が促進されると装置内壁の熱負荷がより大きくなると予想されます。今後は、そのような乱流と熱負荷の制御方法の確立を目指し、本研究を発展させていきます。

論文情報

  • 雑誌名:Physical Review Letters
  • 題名:Turbulence spreading into an edge stochastic magnetic layer induced by magnetic fluctuation and its impact on divertor heat load(磁場揺動によって誘起される周辺領域の乱流伝播とダイバータ熱負荷への影響)
  • 出版日:2022年3月23日
  • 著者名:小林政弘1,2、田中謙治1,3、居田克巳1,2、林祐貴1,2、武村勇輝1,2、木下稔基3
  • 1自然科学研究機構 核融合科学研究所、2総合研究大学院大学、3九州大学
  • DOI:10.1103/PhysRevLett.128.125001

研究サポート

 本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(19H01878, 21H04458)による支援を受けました。

(プラズマ・複相間輸送ユニット 准教授)