プラズマの中の大きな渦と小さな渦の相互作用

前山伸也


前山伸也

研究背景

 オランダの画家ピーテル・ブリューゲルの作品に「大きな魚は小さな魚を食う」という版画があります。小さな魚が大きな魚に食べられ、その大きな魚ももっと巨大な魚に食べられるという、弱肉強食の様子を表しています。原画の構図は、そのような巨大な魚もついには大勢の人間たちの手で解体されており、ある種の風刺めいた様子もある作品です。何はともあれ、大きなものが大勢を支配するというのは日常生活でもよくあることかもしれません。とは言え、逆のパターンもあります。小さなものが大きなものに打ち勝つ、日本史で言えば下剋上、サッカーで言えばジャイアントキリングのような状況です。私はここ数年来、プラズマの中の大きな渦と小さな渦の相互作用に関する研究をしてきました。

 磁場閉じ込め核融合装置では、超伝導コイルで作った強力な磁場によって高温高密度のプラズマを閉じ込めるわけですが、その閉じ込めは完全ではありません。暖かいお風呂が徐々に冷めていくように、磁場に閉じ込められたプラズマも少しずつ熱や粒子が逃げていきます。これを熱や粒子の輸送と呼びます。特にプラズマ中で自発的に生じる乱れた流れ、いわゆる乱流が、プラズマの輸送を作り出すことが知られています。さらに乱流の中にも、比較的質量の重いイオンが関与する空間的に大きな渦や、質量の軽い電子の運動が関与する極微細な渦があります。従来の研究では大きなイオンスケールの渦が輸送の大部分を担うと考えられてきましたが、最近の研究では極微細な電子スケールの渦が輸送を変化させる状況もあることがわかってきました。こうした異なるスケールの渦の間の相互作用をマルチスケール乱流相互作用と呼んでいます。

研究成果

 図1はスーパーコンピュータを用いた数値シミュレーションで得られた磁場閉じ込めプラズマ中の渦を可視化したものです。全体図で見られる半径方向に伸びた大きなイオンスケールの渦に加えて、拡大図ではもう少し短い特徴長さを持った微細な揺らぎが見られ、これが電子スケールの渦に相当します。大小の異なるスケールの渦が混在していることが見て取れます。

  
図1. スーパーコンピュータを用いたマルチスケールプラズマ乱流シミュレーションで得られた静電ポテンシャル揺動の等高線図。左:トーラス状プラズマの断面を可視化しており、磁場中の荷電粒子(電子やイオン)の運動を考慮すると、負のポテンシャル(青色)部分は反時計回りの渦、正のポテンシャル(赤色)は時計回りの渦に対応します。右:拡大図を見ると、イオンスケール乱流の作る比較的大きな渦の作る流れ(黄色矢印)に加えて、電子スケール乱流の作る細かな渦の作る流れ(桃色矢印)が混在していることが見て取れます。
  

 それでは、異なるスケールの渦はどのように相互作用するのでしょうか。マルチスケール乱流相互作用を、大スケールから小スケールへ、またはその逆と、双方向的に理解してみましょう(図2)。まず小さなスケールから見ると、大きなスケールの渦はゆっくりと空間変化していますので、その中で小さなスケールの渦が徐々に引き伸ばされ変形して行きます。いわゆるせん断と呼ばれる効果です。イメージ的にはミルクを落としたコーヒーをかき混ぜると、ミルクが細かく引き伸ばされながら混ざって行く様子を想像してください。こんな風に大きなイオンスケールの渦は微細な電子スケールの渦を引きちぎり破壊する働きがあると考えられます。今度は逆に大きなスケールの渦の気持ちになってみましょう。大きなスケールの渦はそれ単体で機嫌よくぐるぐると回りたいわけですが、その背後では極微細な電子スケールの渦がバタバタと揺れ動いています。こうした微細なスケールの揺らぎによって、大きなスケールの渦の流れが乱されることになります。つまり、微細な電子スケールの渦はイオンスケールの渦に対して、ある種の拡散または実効的な抵抗として働き得るということです。例えるなら、イオンスケールの流れを車だとして、ガタガタ細かく乱れた道は走りにくいというようなイメージです。あるいは子育て世代としては、大人はせっせと効率よく家事をこなそうとしているのに、子供がちょこまかちょっかいを出してきてそちらに労力を持っていかれる様子でしょうか。

  
図2. マルチスケール乱流相互作用を双方向的に説明した模式図。イオンスケール乱流は電子スケール乱流を引き伸ばす働きがあるのに対し、電子スケール乱流はイオンスケールの流れを乱す働きとして理解できます。
  
   

 こうしたマルチスケール乱流相互作用がプラズマの閉じ込めに影響を与える例を示します。図3では、電子温度が異なるプラズマについて、乱流が作るプラズマの輸送をマルチスケール乱流シミュレーションにより調べ、その結果をイオンスケールのみまたは電子スケールのみ取り扱った単一スケール乱流シミュレーションの結果と比較しています。この例では、単一スケール乱流シミュレーションとマルチスケール乱流シミュレーションの間に差異が見られ、図中真ん中あたりの特定の温度比の範囲ではプラズマの輸送が抑えられている、すなわちマルチスケール乱流相互作用のおかげで閉じ込めが良くなる状況があることが示されています。詳しく相互作用の機構を調べてみると、電子スケール渦による実効的な拡散効果により、イオンスケール渦が抑えられることが輸送抑制に効いていることがわかりました。

 ただし、注意する必要があるのは、マルチスケール乱流相互作用は必ずしも輸送抑制に働くわけではないという点です。逆に、電子スケール渦の働きで輸送が増大する場合があることもこれまでの研究では見つかっています。こうしたマルチスケール乱流相互作用の包括的な理解については、現在、欧・米の共同研究者らも含めてオーバービュー論文として報告すべく準備を進めています。

  
図3. 電子温度に対する電子熱輸送の変化。電子温度の上昇に伴い、電子スケール乱流による輸送(緑線)は減少する一方、イオンスケール乱流による輸送(橙線)は増大する傾向にあります。これらと比較して、マルチスケール乱流シミュレーションの結果(青線)では、イオンスケール乱流に起因する輸送増大が起こる電子温度が引き上げられ、赤網掛けで示した温度領域では輸送が抑えられることが新たに見つかりました。
  

研究成果の意義と今後

 本研究では、プラズマ中のイオンまたは電子の関与した異なる大きさの渦の相互作用、すなわちマルチスケール乱流相互作用について、数値シミュレーションに基づく詳しい解析を行いました。その結果、大きなスケールの渦が小さなスケールの渦を引きちぎり、逆に小さなスケールの渦が大きなスケールの流れを乱すという、異なるスケールの乱流間の相互阻害性(お互いに邪魔しあうこと)という普遍的な性質が見えてきました。また、マルチスケール乱流相互作用はプラズマの輸送にも影響を及ぼし、ひいては核融合炉の閉じ込め性能に影響を与えることも示されました。

 プラズマ物理学としての進展、核融合研究開発への貢献だけではなく、知見の普遍性や新たに開発された独自の方法論について他分野への応用研究を進めることは、成果の学術的位置づけを示す上で重要です。プラズマ物理研究の深化を通じて、学際性の高い波及研究を創出すべく、本研究をますます発展させていきます。

       

(メタ階層ダイナミクスユニット 准教授)

       

文献情報