新奇ストレス源プラズマに対する細胞応答機構の解明
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吉村信次、大坪瑶子、山下朗
研究背景
プラズマは、核融合科学研究所をはじめとする世界中の研究機関で広く研究が進められています。近年では生物学の分野にもプラズマ科学の波が及びつつあります。真空にした金属容器の中ではなく、常温の大気圧下でプラズマを生成する技術が発展したため、それまで困難であった生体試料や生体そのものへの直接的なプラズマ照射が可能となり、プラズマが生体に及ぼす効果を利用した応用研究への関心が高まっています。実際に、ガン治療といった医療分野や植物の成長促進といった農業分野での応用研究が進められています。一方で、プラズマ照射によって生体にどのような影響が生じているかを解き明かす基礎研究は、応用研究に比べると十分に進んでいませんでした。本研究では、そのような状況を打破し、応用面のさらなる発展へとつなげるため、分子細胞遺伝学的な手法を用いて生物の基本単位である細胞がプラズマの直接照射に対してどのような反応を示すのかを明らかにしました。
研究成果
本研究では、プラズマが細胞に与える影響の詳細を明らかにするために、酵母の一種である分裂酵母Schizosaccharomyces pombe を用いました(図1A、B)。酵母は、一細胞だけで生存する単細胞生物ですが、様々な生命現象に関わる制御機構を分子レベルで解き明かす上で多大な貢献を果たしてきました。多くの実験手法も確立されており、プラズマの直接照射を行ってその後の応答を解析する上で最適な生物の一つと言えます。
生きた細胞(ここでは酵母)にプラズマを直接照射する際に大きな問題となるのは温度です。生物には、その種ごとに生存に適した温度範囲が存在します。例えば、分裂酵母の場合は、25 ℃〜36 ℃程度の温度が増殖する上で適温とされています。私たちは、当初既存のプラズマ照射装置を用いて分裂酵母への照射実験を行ったのですが、照射部位の温度が70 ℃近くまで上昇してしまい、熱の影響だけで酵母が死滅してしまいました。そこで、照射部位の温度を制御可能な照射装置の開発を行いました。プラズマの元となるヘリウムガスをペルチェ素子※1と呼ばれる冷却装置で事前に冷やしておくというシンプルな工夫をすることで、照射部位の温度を適温に保つことができるようになりました。
このプラズマ照射装置を用いて分裂酵母細胞にプラズマ照射を行い、詳細な解析を進めました。照射にあたっては、プラズマ生成のための印加電圧、電極から照射部位までの距離など様々な条件がありますが、今回の研究では単純化のために照射時間のみを変え、その他の条件は固定としました。その結果、分裂酵母の増殖が照射時間に応じて阻害されることが分かりました(図1C、D)。

(A) 寒天培地上で培養した分裂酵母。(B) 微分干渉顕微鏡で観察した増殖中の分裂酵母(スケールバー: 10マイクロメートル(マイクロは100万分の1))。(C) プラズマ照射した分裂酵母野生型株。寒天培地上に円形に広げた分裂酵母に15秒から2分間プラズマ照射を行い、培養した。照射時間に応じて分裂酵母の増殖が阻害されることが分かった。(D) プラズマ照射後の分裂酵母の生存率(エラーバーは標準偏差)。
酵母を研究に用いる利点として、ある現象に関わる因子を特定する変異体スクリーニングという手法を容易に実施できる点が挙げられます。この手法では、例えば増殖を阻害する特定の条件下でも増殖可能になる変異体を見つけ出します。続いて、その変異体において変異している遺伝子を特定します。特定された遺伝子が作り出すタンパク質は、用いた条件で増殖が阻害される上で重要な働きをしていることが期待されます。そのタンパク質の機能解析を進めていくことで、用いた増殖阻害条件に対する酵母の細胞応答に関する詳細な知見が得られます。私たちは、プラズマに対する細胞応答に関わる因子を特定するために、変異の入っていない野生型株では生育が阻害されてしまう強い照射条件下でも増殖可能となる変異体、すなわちプラズマ照射に対して耐性を示す変異体の探索を行いました(図2A)。その結果、プラズマ耐性となる変異体を一株単離することができました(図2B)。通常分裂酵母株は一つの細胞が成長し、二つに分裂することで増殖していくのですが、得られたプラズマ耐性変異体は、細胞分裂に異常が生じ、複数の細胞が分離せずに連結して多細胞体となっていました(図2C)。解析を続け、この変異体で変異が入っている遺伝子を決定したところ、細胞分裂を制御する因子に異常が生じていることが明らかとなりました。以上のプラズマ耐性変異体のスクリーニング実験から、細胞分裂の制御系がプラズマに対する細胞応答で重要な働きをしていることが強く示唆されました。

(A) プラズマ耐性変異体のスクリーニング実験。分裂酵母野生型株を薬剤で処理してゲノム上にランダムに変異を導入し、寒天培地上に広げた。野生型株の増殖を阻害する強い条件でプラズマ照射を行った後に、新しい寒天培地に植継いで、強条件プラズマ照射後でも増殖可能な変異体を選択することで、プラズマ耐性変異体を選択した。(B) プラズマ照射したプラズマ耐性変異体。野生型株は照射時間に応じて増殖が阻害されるのに対して、スクリーニングで得られた耐性変異体は2分の照射後でも増殖可能であった。(C) 微分干渉顕微鏡で観察したプラズマ耐性変異体。野生型株は、細胞が伸びたところで中央部に隔壁を形成し、二つに分かれることで増殖していく。一方で、プラズマ耐性変異体は、隔壁を形成後、二つに分かれることができず、複数の細胞が連なった状態となる(スケールバー: 10マイクロメートル (マイクロは100万分の1))。
続いて、プラズマ照射によってどのような遺伝子が働き出すのか、あるいは働きを止めるのか、RNA-seq法※2という発現解析の手法により網羅的に調べました。その結果、プラズマ照射により分裂酵母の約6,000の遺伝子のうち300ほどの遺伝子の働きが上昇し、100ほどの遺伝子の働きが低下することが分かりました。また、プラズマ耐性変異体のスクリーニング実験で浮かび上がってきた細胞分裂の制御因子の働きが、プラズマ照射により低下することも明らかとなりました。これらの結果から、分裂酵母細胞は、細胞分裂を制御する経路の働きを低下させることでプラズマによるストレスに対応していると考えられます。しかし、野生型株では細胞分裂を制御する経路の低下が不十分で、プラズマによるストレスに対抗できないと予想されます。
網羅的な発現解析からは、細胞分裂制御経路に加えて、TORC1という栄養応答に関わる経路の働きが低下することを示す結果も得られました。TORC1栄養応答経路は、酵母からヒトまで幅広い生物種に存在し、細胞を取り巻く環境中の栄養状態を細胞内で伝達する働きをしている経路です。細胞の成長、増殖の制御で欠かすことのできない役割を果たしており、様々な疾患や寿命との関わりからも注目されています。私たちは、顕微鏡観察と生化学的な解析を行い、プラズマ照射によって実際にTORC1経路の働きが低下することを示しました(図3)。また、TORC1経路の低下は、細胞分裂を制御する経路の低下とは独立の事象であることも分かりました。

プラズマ照射後のTORC1経路の低下。プラズマ照射後に図に示した時間で分裂酵母細胞を回収し、ウエスタンブロット法によりTORC1の機能を観察した。上のP-Psk1で強いバンドが見られるとTORC1が強い活性を持っている状態にある。下のチューブリンは各時間で解析に用いたサンプルの量が一定であることを示している。この解析からプラズマ照射後10分後にTORC1の働きが低下することが分かった。15分後には大幅な低下が見られ、60分後にも低下した状態が続いていた。
これらのことから分裂酵母細胞は、常温大気圧プラズマによるストレスに対して、細胞分裂制御経路とTORC1栄養応答経路という独立の二経路を介して応答することが明らかとなりました(図4)。

分裂酵母細胞はプラズマ照射に対して、細胞分裂を制御する経路と、栄養応答に関わるTORC1経路を介して応答する。
研究成果の意義と今後
今回私たちが見出したプラズマによるTORC1経路の低下は、ヒトのがん細胞を用いた研究によっても示されています。今後、酵母を使ってその意義と詳細なメカニズムを明らかにしていくことが、医療分野への貢献にもつながると考えられます。また、TORC1経路を低下させることが寿命の延長につながるという研究が様々な生物種で行われていることから、プラズマを利用した寿命制御の可能性も期待されます。
今回の研究で得られたプラズマ耐性変異体は、細胞分裂に異常を示し、多細胞体となっていました。生物は、様々なストレスにさらされる中で環境に適応した個体が選択されるという過程を繰り返すことで進化してきています。今後、単細胞生物の多細胞体化が、プラズマストレスに対する耐性能を生み出す仕組みを解き明かすことで、単細胞生物から多細胞生物への進化の仕組みという生物学上の大きな謎が明らかになるかもしれません。
本研究成果は、未だ黎明期にあるプラズマ生物学のさらなる発展のための基礎となると期待されます。
(プラズマ・複相間輸送ユニット 准教授、
東京大学生命科学ネットワーク 特任助教(元核融合科学研究所特任助教)、
東京大学大学院総合文化研究科 研究員(元基礎生物学研究所特任准教授))
- ※1 ペルチェ素子 :電流を流すことで一方の面が冷却され、もう一方の面が加熱されるという熱電効果を利用したデバイス。小型冷蔵庫やレーザーの温度制御にも用いられる。
- ※2 RNA-seq法 : 遺伝子の発現状態を解析するための技術で、生体内でどの遺伝子がどの程度活動しているかを調べるために用いられる。生命の設計図ともいうべきゲノムDNAに存在する遺伝子からRNAが写し取られ、そのRNAからタンパク質が作られる。RNA-seq法は、このRNAを調べて、どの遺伝子が働いているのかを分析する技術である。