ねじれた光で流れを測る - レーザー計測の新たな可能性を拓く -


吉村信次、皆川裕貴、寺坂健一郎、荒巻光利


研究背景

 プラズマの応用技術は、半導体産業から環境・バイオ分野まで幅広く活用され、現代社会を支えています。また、将来のエネルギー源として期待される核融合発電の実現に向けて、世界中で高温プラズマの研究が進められています。これらの応用研究では、極限的なプラズマの制御が課題となっており、プラズマのより高度な診断技術が求められています。プラズマの診断手法として、レーザーを使った光計測は、プラズマの流れを乱さず精度良く結果を得られるので広く用いられています。一般的には、レーザーでプラズマの流れの速さを測りたいときには、ドップラー効果を利用します。救急車のサイレンの音は、近づいてくるときは高く、通り過ぎると低く聞こえます。これがドップラー効果の代表的な例です。光も波なので、光に対して運動しているプラズマ中の粒子には、周波数が高く(波長が短く)感じられたり、周波数が低く(波長が長く)感じられたりします。プラズマ中の粒子は、特定の周波数の光を吸収するという性質があるので、吸収される光の周波数の変化(ドップラーシフトと呼びます)から運動の状態を調べることができるのです。このようなドップラー効果を利用した手法をドップラー分光法と呼びます。

 レーザーを利用した流れ計測は便利な反面、レーザーの進む方向と同じ向きの流れしか測定できないという制限がありました。プラズマ応用の多くの場面では、プラズマが何らかの材料に向かって流れていることが多いのですが、材料自体がレーザーを妨げてしまって流れの測定ができないという問題が生じます。そこで、本研究では、従来のレーザー計測で使われてきた平面的な光を「光渦」と呼ばれるねじれた光に置き換えることで、レーザーの進む方向に垂直なプラズマの流れを測定できる新しいプラズマ診断法「光渦レーザー吸収分光法」を開発しました。

研究成果

 従来のレーザー計測で使われていた平面的な光の波面を図1(a)に示します。波面とは、振動のタイミング(位相)が同じ点でつくられる面です。この場合、波面は平面になっているので、平面波と呼ばれます。一方、私たちが研究に用いた光渦は、波面がらせん状にねじれた特殊な光です(図1(b))。原子が感じるドップラー効果は、原子が光の波面をどう横切ったかで決まります。光渦は、波面がらせん上にねじれた光なので、ドップラー効果の大きさが光渦の断面上で異なります(図1(c))。本研究では、このドップラーシフトの違いから光渦を横切る流速を測定しました。

図1.(a)平面波と(b)光渦の波面。一般的なレーザーの波面は平面状で、光渦の波面はらせん状となる。(c)光渦の波面と横切るプラズマの粒子。位相の大きさ(波面の高さ)は、反時計回りに青から赤になるほど大きい。光渦ビームの断面上の位置ごとに粒子が経験するらせんの傾きが異なる。この傾きが大きいほど、ドップラー効果(ドップラーシフト)が大きくなる。

 図2(a)に今回の実験の模式図を示します。実験では、ガラス管にプラズマを流し、プラズマの流れに対して横方向から光渦レーザーを照射しました。光渦レーザーは、ホログラム※1を描画した空間光変調器※2に平面波レーザーを照射することで生成されます。図2(b)、(c)は、それぞれプラズマに入射される光渦レーザーの強度と位相(波面)の分布を示しています。光渦レーザーの強度がドーナツ状となっているのは、光渦の中心で光が打ち消しあうためです。図2(c)では、反時計回りに一周する間に、位相が青から赤へ10回変化していることが分かります。光渦のらせんの数は、トポロジカルチャージと呼ばれるので、図2(c)の光渦はトポロジカルチャージが+10です。トポロジカルチャージが負の数の場合、光渦のらせんは逆方向のものとなります。今回の実験では、トポロジカルチャージが+10と-10の光渦を使いました。ガラス管内のプラズマの流れは50~150 メートル毎秒で制御され、プラズマを通過した光渦レーザーをカメラで撮影しました。撮影画像からドップラーシフトの分布が求められます。図3は、プラズマの流れが146メートル毎秒のときのドップラーシフトの分布です。図3(a)では、上側で吸収周波数が低く(赤方偏移)、下側で高く(青方偏移)なっていますが、図3(b)では反転しています。これは、同じ横方向の流れに対してらせんの向きが逆になることで、ドップラー効果が反転したからです。私たちは、このドップラーシフトの大きさから横方向の流速を決定しました。図4に、実験で得られた横方向流速を示します。図4の横軸は、制御された流速、縦軸が光渦を使って測定した流速です。このグラフで、45°の傾きの直線上に測定点が載っていれば、精確に測定できたことになります。横方向流速は、平均して誤差8 %以内であり、高い精度で測定が行われていると言えます。

図2. (a)光渦を用いた横方向流速測定の模式図。光渦レーザーはプラズマの流れに対して垂直方向から入射している。(b)トポロジカルチャージが+10の光渦レーザーの強度(パワー)分布。パワーの単位[a.u.]は無次元量という比を表す単位。黒から白へとパワーが大きいことを示している。(c)光渦レーザーの位相(波面)分布。ラジアンとは、円を基準にした角度の単位で、3.14(円周率)ラジアンは180度にあたる。光の強度の強いドーナツ状の領域の位相がらせんとなっている。光の強度が弱い位置の位相は実験に影響しない。

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図3.(a)トポロジカルチャージが+10の光渦によって観測された横方向流速によるドップラーシフトの分布、(b)トポロジカルチャージが-10の光渦の場合。メガヘルツは、100万ヘルツを意味する。光の強度が強いドーナツ状の領域のみに注目する。赤方偏移、青方偏移の領域が傾いているのは、グイ位相という光渦に特有の効果によるものと考えられる。

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図4.光渦によって測定された横方向流速。赤い点はトポロジカルチャージが+10、青い点はトポロジカルチャージが-10の光渦による測定結果。横軸は制御された流速、縦軸が光渦による結果。黒線が理想的な値を示している。

研究成果の意義と今後

 今回、私たちは従来のレーザー計測で用いられてきた平面波を光渦に置き換えて、新しいプラズマ診断法である光渦レーザー吸収分光法を開発しました。プラズマの流れに対して光渦レーザーを垂直方向から入射し流速を測定することで、その原理実証に成功しました。流速の測定結果は、50~150メートル毎秒の範囲で誤差8 %以内であり、プラズマ中の粒子の流速を高精度に測定できる手法であることが示されました。
 本研究は、プラズマによる光の吸収を利用したプラズマ診断法に光渦を応用したものです。プラズマ診断法には、プラズマにレーザーを入射し、プラズマから発せられる光を観測する方法もあります。今回の研究成果で得られた知見は、このような他のプラズマ診断法にも活かせることが期待できます。
 今後、この手法を核融合炉からの排気を担うダイバータ領域への研究や、シースと呼ばれるプラズマと固体の接する境界面への研究に応用していくことを計画しています。これらの応用により、プラズマと材料の相互作用をより詳細に理解し、核融合炉の性能向上や新たなプラズマ応用技術の開発につながることが期待されます。

       

(プラズマ・複相間輸送ユニット 准教授、
日本大学生産工学部 助手、
崇城大学情報学部 准教授、
日本大学生産工学部 教授)

【用語解説】
  • ※1 ホログラム:レーザーを使って、何らかの物体の立体的な情報を記録したもの。本研究では、光渦を仮想的な“物体”として扱い、その像をコンピューターで計算する。計算によって作成されたホログラムは、空間光変調器に表示させて使用する。
  • ※2 空間光変調器:電気的に制御可能な液晶などを用いて、光の位相や振幅を制御する装置。光渦生成用ホログラムを描画した空間光変調器に平面波のレーザー光を入射すると、出力光として光渦が得られる。