宇宙プラズマの波「コーラス放射」の自発励起と発生条件の解明を実験室で実現 — 人工磁気圏RT‐1による実験室と宇宙をつなぐプラズマ現象の理解 —

釼持尚輝1、西浦正樹2、吉田善章3、齋藤晴彦4
研究背景
リング状の電流が作るダイポール磁場※1は、実験室や宇宙で見られる最も基本的な磁場の形です。木星のような惑星が持つ磁場(磁気圏)は、プラズマを効率良く閉じ込めるはたらきがあります。これをヒントにして、人工磁気圏RT-1プロジェクト(図1)※2では、実験室内に磁気圏のような環境を作り出し、核融合エネルギーの実現を目指す高温プラズマの研究を進めています。一方、複雑な自然界の性質を抽出し、人間の手で操作や制御ができる人工磁気圏は、自然現象を詳しく調べるために活用することもできます。
地球の周りの宇宙空間(ジオスペース)※3では、ホイッスラーモード・コーラス放射※4と呼ばれる波が観測されます。これはオーロラの発生や粒子加速とも関連する重要な波として、これまで主に宇宙探査機による観測や、理論・コンピューターシミュレーションによって研究されてきました。探査機は、宇宙の状態を直接調べる強力な手段ですが、惑星磁気圏は巨大なシステムであり、全体を把握することは容易ではありません。それに対して実験室では、自然界に見られる複雑な現象を単純化して切り出し、さらには人間の手で制御して自由に条件を変えながら調べることができます。このため、実験は、コーラス放射をより深く理解するために観測や理論と相補的な役割を果たすことが期待されます。しかし、実験室で惑星のような磁気圏の環境を再現することは簡単ではありません。これまで、人工的なダイポール磁場の中でコーラス放射を発生させ、その仕組みを詳しく調べることは実現されていませんでした。

研究成果
RT-1装置を使ってホイッスラーモード・コーラス放射を実験室に発生させ、コーラス放射の実験研究を行いました。RT-1の真空容器内部には、重量110kgの高温超伝導コイルがあり、これを磁力で空中に浮上させています。この浮上コイルは地球や木星のような磁場(ダイポール磁場)を作り出し、その中に高温のプラズマを閉じ込めることで、宇宙に近い環境が実現されます。今回の研究では、RT-1の真空容器内に水素ガスを封入してマイクロ波を入射し、電子を加熱することで水素プラズマを生成しました。実験では様々な状態のプラズマを作り、磁場や電場の波がどのように発生し伝搬するかを調べました。その結果、プラズマの中に高いエネルギーを持つ高温電子が存在する時、コーラス放射状のホイッスラー波が自発的に発生することが明らかになりました。また、コーラス放射の発生とプラズマの密度及び高温電子の状態に注目して、プラズマが作るコーラス放射の波の強度と発生頻度を計測しました。その結果、放射の発生はプラズマの圧力を担う高温電子の増大により駆動され、さらに、プラズマ全体の密度を向上させることでコーラス放射の発生を抑制する効果があることが分かりました。本研究を通して、コーラス放射が、シンプルなダイポール磁場と高温電子を持つプラズマが作り出す普遍的な現象であることが明らかになりました。

研究成果の意義と今後の展開
コーラス放射は、プラズマ中にある高温の電子を、さらに高いエネルギー状態へと効率よく加速することができます。こうした波や高エネルギー粒子は、宇宙天気と呼ばれる現象と深く関係しており、オーロラのような自然現象だけでなく、人工衛星や地上の通信や電力網といった人類の社会活動にも影響を与えることが知られています。太陽表面でフレアと呼ばれる爆発が発生すると、その影響が地球の周囲に届き、磁気嵐という現象が発生します。これによりジオスペースの電磁場環境が大きく変動し、多くの高エネルギー粒子が発生すると考えられていますが、そのメカニズムには未解明の点が多く残されています。コーラス放射の実験室研究は、宇宙天気現象を理解し予測するための手がかりの一つになることが期待されます。
また、核融合エネルギーの開発研究においても、波との相互作用による粒子の損失や構造形成は中心的な研究課題の一つです。出現する複雑な波動現象とプラズマの相互作用を正確に理解することは、核融合を実現する上で必要不可欠です。特に、周波数の変化を伴う波動現象は核融合を目指す高温プラズマでも広く観測され、コーラス放射と共通した物理機構の存在が考えられています。本研究の成果は、核融合プラズマと宇宙プラズマに共通する物理現象の理解に向けた一歩であり、今後、両分野が協力を深めながら、研究が進展することが期待されます。
(1位相空間乱流ユニット 准教授、
2同准教授、
3核融合科学研究所所長(当時)、
4東京大学 大学院新領域創成科学研究科 准教授)
用語解説
- ※1 ダイポール磁場 :リング電流が作り出す磁場の形であり、地球や木星などの惑星磁気圏の形はダイポール磁場に近い。磁場の強さが非常に非一様(離れると急激に弱くなる)という特徴があり、高性能のプラズマを安定に閉じ込めることができる。
- ※2 Ring Trap 1装置(RT-1) : 東京大学柏キャンパスに設置された磁気圏型プラズマ実験装置。高温超伝導技術によりダイポール磁場コイルを磁気浮上させ、惑星磁気圏に近い環境でプラズマ実験を行うことができる。
- ※3 ジオスペース :地球周辺の、特に人類の活動と関わりが深い宇宙空間のこと。ジオスペースでは地球の磁場に補足されたプラズマが存在し、多様な現象が発生する。人類の活動領域が宇宙に拡大するに従って、オーロラ現象や電力・通信障害の原因ともなる磁気圏の乱れの研究が活性化しており、「宇宙天気」と呼ばれる研究分野となっている。
- ※4 ホイッスラーモード・コーラス放射 : ホイッスラー波はプラズマ中を伝わる基本的な波の一つ。ジオスペースや木星周辺のコーラス放射では、鳥のさえずりのような周波数変化を伴う揺動イベントが繰り返し発生する。高エネルギー電子の生成や輸送など、オーロラや宇宙天気現象と密接な関わりがあると考えられている。
論文情報
- 雑誌名:Nature Communications
- 題名:Experimental study on chorus emission in an artificial magnetosphere(人工磁気圏におけるコーラス放射の実験研究)
- 著者名:Haruhiko Saitoh4, Masaki Nishiura2, Naoki Kenmochi1, Zensho Yoshida3
- DOI:10.1038/s41467-024-44977-x