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平成24年7月2日

多価イオンからの発光を観測する −LHDを光源とした原子過程の研究−

 

 

  大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
 

核融合科学研究所

 大型ヘリカル装置(LHD)の数千万度を超えるプラズマに、微量の元素を入れると多価イオンになり、通常の原子とは異なる発光が観測されます。今回は、LHDの高温プラズマに、将来の壁材料として有望なタングステンを混入させて多価イオンにし、その発光状態の観測からこれまで知られていなかった原子過程を明らかにするという、LHDプラズマを光源として利用する研究について紹介します。

 原子は、正の電荷を持つ原子核の周りを負の電荷を持つ電子が取り囲んで、全体として中性を保っています。そして、重い元素ほど大きな正電荷の原子核なため、多くの電子を持っています。温度が高くなるにつれて、これらの電子は順次はがれていき、原子は正の電荷を帯びたイオンになります。電子を1個しか持っていない水素では、数十万度で電子が完全にはがれた裸の原子核(この場合1価イオン)になりますが、電子を26個持っている鉄では、1億度でも2個程度の電子が残っており、これを多価イオン(この場合は24価イオン)といいます。LHDの高温プラズマに、容器の壁材料の重い金属元素の原子が混入すると多価イオンになりますが、一般にこうした多価イオンは、プラズマのエネルギーを光に変えて放出するため、プラズマの温度を下げる原因となります。そのため、プラズマ中での多価イオンの挙動を調べることは重要です。
 一方、多価イオンというのは「新しい原子」と呼ばれるほど、おもしろい物理研究の対象でもあります。そのひとつに、ふつうの原子ではほとんど起こらない発光現象が多価イオンでは観測されることが挙げられます。多価イオンに残された電子は、それまで邪魔をしていた周りの電子がなくなったことから、原子核の周りを大変速いスピードで回転するようになります。この高速の回転運動は電子自身のスピンと呼ばれる自転にも影響を及ぼすようになり、その結果、通常の原子とは異なる状態に変わります。電子の状態により原子やイオンからは様々な色の光が放出されますが、このような多価イオンでは、通常の原子では放出することのない光を出す状態(これを禁制された状態の変化:禁制遷移といいます)で発光するようになります。太陽コロナ、超新星爆発と呼ばれる天体現象やその残骸、星雲といった天体からの発光線(色)にも、このような多価イオンの禁制遷移からの発光線が観測されており、発見された当初は、地上には存在しない未知の元素からの発光線かしらと、天文学者らが不思議に思ったほどです。LHDは超高温のプラズマを作りだすことができますので、そこで多価イオンを生成させることにより、すぐれた光源として、太陽や星などで観測される様々な発光線も調べることができます。
 平成23年度のLHD実験では、タングステンの多価イオンの禁制遷移による可視域(目に見える光の波長領域)の発光を同定することに初めて成功しました。タングステンは電子を74個も持つとても重い元素で、ITER(国際熱核融合実験炉)や将来の核融合発電所のプラズマ対向壁に使われる材料の有力候補です。タングステンの小球をLHDプラズマに入射して、その入射前後のプラズマからの発光を比較することにより、タングステンからの発光線を選び出すことができました。そうして得られた発光線の中に、電子ビームを繰り返しぶつけることにより原子やイオンから電子をはぎ取る装置を用いて、26個もの電子をはぎ取ったタングステンの多価イオンから観測された発光線と同じ波長の発光線が見つかりました。そして、理論計算により、この発光が禁制遷移の一種であることが明らかになりました。禁制遷移による発光線は、他の種類のイオンからの発光線と区別しやすいので、高温プラズマでのタングステンイオンの分布を調べるよい目印となります。タングステンイオンのプラズマ中での原子衝突過程や輸送過程はまだよく分かっていませんので、今回の禁制遷移の観測は今後の研究の発展に役立つと考えられます。


以上