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平成28年4月20日
核融合炉中のプラズマの振る舞いの予測を目指して
-複数粒子種間の衝突現象を計算機で再現-
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
核融合科学研究所
 

 皆さんの中にはビリヤードを楽しんでいる方も多いでしょう。ほんの10個程度の玉があるだけですが、その玉同士が衝突しあって台の上を動き回る様を予想してショットを決めるのは、難しいですよね。では、もし台の上に玉が何億・何兆とあって、しかも大きさや重さが異なる様々な種類の玉が混じっていたとしたら、どうでしょうか?玉の動きを予測することは、計算機シミュレーションを用いても大変そうですね。さて、今回は、様々な種類の粒子が混じり合ったプラズマの振る舞いの予測を目指して進められているシミュレーション研究を紹介します。

 将来の核融合炉の中のプラズマは、核融合の燃料となる重水素・三重水素と核融合反応によって生成されるヘリウムだけでなく、プラズマを閉じ込める容器の素材であるタングステンや鉄・炭素などの不純物と呼ばれる粒子が少しずつ混じり合った状態になります。そうした不純物はプラズマの温度を冷やしてしまうため、高温のプラズマを効率よく保持するには好ましくない存在です。そのため、容器の素材は不純物の発生が少ないものを選ぶ、装置の設計は不純物を取り除きやすいように工夫するなどの対策を採っています。それと同時に、プラズマの中に入ってしまった不純物がそのまま溜まるのか、あるいは外に吐き出されるのか(輸送現象と呼ばれます)を理解し予測する必要もあります。そのためには、実験研究(バックナンバー227を参照)に加えて、計算機シミュレーション研究が欠かせません。ところが、様々な種類の粒子が混在するという条件での計算はとても複雑なため、まずは、その方法を確立することが課題でした。
計算で重要となるのは、様々な種類の粒子(イオン)が衝突しあう現象(クーロン衝突と呼ばれます)の扱いです。ビリヤード台の上を球が弾かれて動き回ったり穴に落ちたりするように、クーロン衝突で弾かれたイオンは、プラズマを閉じ込めるために作られた磁場の籠の中に向かって弾かれたり、一部は籠の外に飛び出したりします。様々な種類のイオンが混在する場合は、衝突するイオンの組み合わせによって衝突の影響の現れ方に大きな差が生じるため、どのイオンが衝突するのか、それによってどのような輸送現象が起きるかを正しく計算する必要があります。核融合科学研究所では、このような様々な種類の粒子が衝突する現象を精度良く計算できるシミュレーション手法を開発しました。
少し専門的な話になりますが、これまでの手法と比較した場合の改良点を説明しましょう。クーロン衝突の計算は、次の2つの物理法則を満たすものでなければなりません。衝突する粒子の運動量の総和とエネルギーの総和が衝突前後で変わらないという法則と、衝突によって「エントロピー」という量が増えるという法則です。エントロピーは変化がどのような向きに進むかを表す量です。例えば、1滴のインクをコップの水に垂らすとインクは広がりますが、一度広まったインクが自然に集まって1滴のインクにまとまるという、逆向きの変化は起こりません。エントロピーが増える向きに変化が進みます。つまり、世の中の現象は乱雑する方向に向かう(エントロピーが増大する)ということです。衝突現象を計算するこれまでの手法は、全種類のイオンの温度が等しいという理想化された条件でしか、エントロピー増大則を成立させることができませんでした。私達が開発した手法は、より現実的な、イオンの種類によって温度が異なる場合も、それを成立させることができるようになりました。さらに、衝突現象を長時間にわたって追跡するシミュレーションを行った場合も、満たすべき物理法則である運動量やエネルギーの保存則が高い精度で満たされていることが確認されました。
この高精度の計算手法を用いた研究を、これから本格的に開始しますが、第一目標は大型ヘリカル装置(LHD)の実験で観測された不純物の振る舞いを計算機シミュレーションで再現することです。次のステップは、今後LHDで予定されている重水素実験を計算機シミュレーションで模擬することです。重水素は、現在LHD実験で使われている軽水素の2倍の質量を持っていますが、重水素を用いることにより、プラズマの性能が向上することが期待されています。これらの実験と計算機シミュレーションとの比較・検証を通じて計算手法の信頼性を高め、核融合炉のプラズマの振る舞いを予測することを目指します。

以上