吉田善章所長の退任に寄せて 

山田弘司

 吉田善章先生は、核融合科学研究所長の任期を全うされ、この度退任されることとなりました。

 この4年間で先生が成された事業は、研究所のアイデンティティとなっていた大型ヘリカル装置(LHD)計画の完遂とともに、世界的ににわかに沸き起こってきた核融合の産業化という新たな価値観に正面から対峙し、「核融合科学」の在り方を再構築するものでありました。このため、大学共同利用機関としての今後の研究所の道筋を明確に示し、困難にブレることなく改革を実行されました。先生の示された核融合科学を学際化しようという方向性は長期的視野に立って信頼に足る科学的基盤を構築することに適い、また国の核融合研究開発に係わる未来設計の礎にもなるものです。ITER計画の進捗や先鋭的なスタートアップ企業の参画は素晴らしいことですが、確実性と予見性を高めるために学術研究の役割は増すことはあれ、取って代わられるものでは決してありません。このため、吉田先生は核融合科学の重要な未解決問題に取り組むユニット体制への抜本的な改組及び共同研究体制の改革を進めるとともに、LHD計画の後継となる大規模学術研究プロジェクトの立案を主導され、「超高温プラズマの「ミクロ集団現象」と核融合科学」は文部科学省のロードマップ2023の掲載に至りました。

 吉田先生を安直に語ることには躊躇するものですが、あえて申し上げれば「クラシック」な方です。「クラシック」は「古典的」と訳されますが、元は「最高級の」という意味であり、それはクラシック音楽のことを想起すれば、古臭いという概念とは全く異なることをご理解いただけるでしょう。分厚い基本・公理に立つリベラルな姿勢から体系的かつ創造的なお仕事をなされてきました。先生は微分幾何に代表される数理科学の専門家と見られがちですが、実際には実験家としても極めて大きな業績をお持ちであり、数理と実験を渾然一体に操ることができる今日では稀有な「クラシック」な物理学者です。「自ら問いを立てて、考える」という深く哲学に裏打ちされた姿勢には本物とはこういうものだと教えられます。プラズマを嚆矢として、自然の非線形性がもたらす自明でない構造形成を議論した、先生の数編の専門書は正に学際性溢れた傑作であり、幅広い分野の読者にとって教科書となっています。さすれば、象牙の塔の学問三昧の士かというと、そんなことはありません。所長の任を果たされたことは言うに及ばず、文部科学省科学官やプラズマ・核融合学会長などの立場からも核融合科学の発展に利他の精神で尽くされてきました。

 さて、吉田先生の直言、直行は、ど真ん中の直球なのですが、なにせ時速160キロの剛速球なものですから、受ける側、打つ側がたじろぐことがままあったと思います。この経験を糧としていくことが核融合科学研究所の大事と考えます。私事ながら、吉田先生には大学院進学時から40年余りのお付き合いをいただき、学恩に忝うするという言葉がこれほどぴったりとはまることはないように感じています。先生の今後のご健勝をお祈りするとともに、ど真ん中にさらなる170キロの剛速球を投げ込んでいただき、後進としても研究所としても、見事ホームランを打ち返せるよう精進してまいります。ありがとうございました。

(核融合科学研究所 運営会議副議長/東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)