核融合科学研究所

NIFSについて

日本学術会議「未来の学術振興構想」の策定に向けた「学術の中長期研究戦略」

プラズマ物理の学際的展開 ― 集団現象の理解に向けて ―Interdisciplinary Development of Plasma Physics ― Study on Collective Phenomena ―

提案分野

理工・工学

キーワード

  1. 集団現象の科学:多数の要素が連関して運動することで起こる現象に関する科学的な知の形成
  2. プラズマ科学:高性能プラズマ生成装置と高時空間分解能計測システムによる荷電粒子集団の特性解明
  3. 核融合科学:プラズマ中で起こる複雑現象の物理的理解による核融合炉実現への学術的貢献
  4. 非平衡系の物理学:様々な不均一性が生み出す多様な構造と機能に関する基本原理の探究
  5. 一般物理・数理物理学:学際的連携により対象物を超越する一般的な概念や科学的方法を開拓

提案者

自然科学研究機構・核融合科学研究所
所長 吉田善章

ビジョンの概要

物理は、個別の物理現象を解明するだけでなく、生命や社会など様々な系に生起する現象を理解し対処する知の技法を生み出してきた。プラズマ物理が注目するのは、多数の要素が共同して起こす集団現象であり、現実世界の在り様を理解するという問題意識を宇宙・天体、大気・海洋、生命、社会などの科学と共有している。これらの分野と連携し、プラズマ物理がカッティングエッジとなって、集団現象に関する科学を発展させる。

ビジョンの内容

星を「質点」としてモデル化することからルネッサンスを迎えた物理学は、有限な大きさや多様な形相をもつ物体(剛体、弾性体、流体など)、さらには目に見えない存在である電磁場や量子場へと領野を拡大し、自然の諸相に現れる、より複雑で多様な現象の理解に挑んできた。その知的生産物のいくつかは、具体的な対象物を超越して、自然界に限らず人工物や情報、精神、さらには社会にまでも通底する普遍的な知の枠組みに基本構造を与えてきた。例えば、惑星の運動に関する研究から生まれた「運動方程式」は、化学反応、生態系の変化、パンデミック、株価変動など、あらゆる動的現象の数理モデルとして使われ、その数理の研究から、微分方程式に関する解析学、幾何学、代数学の理論が生み出されてきた。物理学は、学際的な知の創造においてカッティングエッジの役割を果たしてきたのである。なかでもとくに一般的な概念や方法を生み出すことを志向する分野が一般物理学であり、その現代的なテーマの一つが「集団現象」である。

現実の世界は、そのままでは筆舌に尽くしがたく、観測者によって解釈も異なる。複雑な現象に対する理解の明証性を確立する方法論として、デカルトが『方法序説』に提案した「細分化」という戦略は、対象を「要素」に分解してゆくという要素還元の方向において大きな成功を収めてきた。しかし、互いに関係しあう多数の要素が「集団」としてどのように振る舞い、どのような機能を創発するのかという問いに対して、要素への分解は解決に向かわない。集団現象の研究においては、要素還元とは異なる戦略が必要である。そこで、現実世界に生起する事象を「意味の単位」へ細分化すること、すなわち「分節化」によって、科学的研究のテーマを定式化するというアプローチをとる。集団現象は多様なテーマの多元的な集合体である。具体的には、秩序、乱れ、階層性、循環、持続性、突発現象などである。これらを科学の視点から定式化し、発生の原理やダイナミクスの法則などを解明することが、集団現象の科学の学際的な課題である。

宇宙の典型的な物質状態である「プラズマ」(膨大な数の荷電粒子たちが構成するマクロな系)において生起する多様な現象は、「集団現象」の探究にとって絶好の研究材料である。先ず、プラズマという存在の宇宙的な普遍性によって、その物理学の研究は、宇宙・天体現象を理解するための基礎として重要であるのみならず、とくに星の活動メカニズム(元素合成とともにエネルギーを産出する)核融合を地上で利用しようという核融合エネルギー開発にとって核心的な重要性をもつ。また、プラズマ状態にある物質が、他の相にある物質と相互作用する界面は、集団現象によって生み出される独特な非平衡状態の構造をもち、宇宙における反応プロセスの典型的な場であるとともに、これを応用する様々な工学(半導体加工や医療工学など)に未知の可能性を拓きつつある。

プラズマ物理は、流転する世界のリアルな在り様を理解するという問題意識を、宇宙・天体、大気・海洋、生命、さらには社会の科学と共有している。集団現象の一般的な特性を研究する対象として、プラズマはその構成要素が荷電粒子であることから、電磁場(光を含む)を用いた様々な計測法や制御法を駆使できる点が研究上の利点である。「精密性」「定量性」「再現性」を極めることから、新しい科学の指針となる概念や方法を生み出し、秩序と複雑性が共存する自然そして社会の実相に関する人類のより深い理解を支える科学として、未来の文明に貢献する。

学術研究構想

プラズマの高精度計測で解明する集団現象の物理
Physics of Collective Phenomena Elucidating with Precision Plasma Diagnostics

提案の種別

研究計画

総経費

475億円(10年間)

学術研究構想の概要

宇宙の典型的な物質状態であるプラズマは、荷電粒子たちの集団であり、電磁場(光を含む)を用いた様々な計測法や制御法を駆使して研究できる点に特長がある。精密性、定量性、再現性を極めることから、新しい科学の概念や方法を生み出すことができる。プラズマ物理は、宇宙・天体現象を理解するための基礎としてのみならず、星の活動メカニズムを地上で利用しようという核融合エネルギー開発にとって核心的な重要性をもつ。

集団現象というテーマを共有する多くの分野との学際的協力によってプラズマ物理を発展させるために、核融合科学研究所は、所内外の研究者が参画する学際的チーム「ユニット」を編成する。各ユニットは、集団現象を学術的テーマに分節化し、現代科学の視点から学際的に定式化した研究課題を掲げて、10年の共同研究を推進する。

そのようなユニットが連携しプロジェクトを実施する研究基盤として、プラズマ実験システムPPD-APEX(仮称)を建設し運用する。実験対象のプラズマは、集団現象の本質が現れるために十分高い温度と閉じ込め特性が必要である。さらに重要なのは、プラズマ内部で起こる現象を高い精度で計測することである。2025年度まで運用するLHD(1998年運用開始)は超高温プラズマの内部を世界一の時間・空間分解能で観測できる大型の実験装置である。2026年には、プラズマ生成部をコンパクトな装置へ転換して運用を簡便化し、計測器やプラズマ制御機器を大幅に増力する。この実験システムPPD-APEXは超高温プラズマで生起する現象を透視し分析する能力で世界のプラズマ実験装置をはるかに上回る。集団現象の中で未解明な物理が多く残されている 1. 速度空間の物理現象、2. 突発現象、3. プラズマ中の量子プロセスに関する詳細なデータを得ることができ、理論・シミュレーション研究と連携して、プラズマ物理のパラダム転換を先導する。

目的と実施内容

以下の主要テーマについて、実験と理論・シミュレーションを統合した共同研究を実施し、超高温プラズマのダイナミクスを解明すると当時に、様々な系の集団現象に通底する普遍的な知を創造する。

  1. 速度空間の物理:集団現象の物理は確率分布関数を道具概念として構築されるが、それを実験的に計測し理論と検証した例は稀有である。プラズマは、構成要素が荷電粒子であることから、光などの電磁波を用いた分布関数の計測が可能であり、速度空間の非平衡性が引き起こす集団現象の物理を明らかにできる。LHDで開発された技術を発展させたPPD-A計測システムは世界一の時間・空間分解能をもつ。能動的に与えた擾乱に対する応答を解明して、核融合プラズマの特性を予測し、核融合炉開発を先導する役割を果たす。
  2. 突発現象:プラズマが突発的に崩壊する「ディスラプション」という現象が観測され、重要な課題となっている。これは、太陽コロナで起こる爆発現象(フレア)と同じメカニズムによると考えられている。PPD-Aによって超高温プラズマの内部構造を高精度で計測し、突発現象のミクロな前兆を解明する。これは、核融合炉の定常運転のために重要な知見を与えると同時に、太陽フレアが引き起こす地球磁気圏擾乱の予測によって大規模停電や通信障害などの予防にも貢献できる。
  3. プラズマ中の量子プロセス:超高温プラズマは、極めて強い非平衡性をもつ物質環境を実現している。その中で起こる集団現象、原子・分子過程の研究は、核融合プラズマ中の物質・エネルギー循環を知るうえで重要であると同時に、太陽コロナ、あるいはキロノバやブラックホールなどの高エネルギー天体で生起するプラズマ現象の観測を解釈するためにも必須の基礎物理・データベースを与える。PPD-B計測システムはプラズマからの多元的な信号を同時計測する性能で世界を凌駕する。

学術的な意義

自然の科学的理解に向けた物理学の取り組みは、自然界に限らず人工物や情報、社会にまでも通底する普遍的な知の枠組みに基本構造を与えてきた。しかし、現実世界を構成する多数の要素が「集団」としてどのように振る舞い、どのような機能を創発するのかという大きな問いが残されている。プラズマ物理学は、現実世界のリアルな在り様を理解したいという中核的問題意識をもち、それを宇宙・天体、大気・海洋、生命、社会の科学、数理科学等と共有している。

宇宙の典型的な物質状態である「プラズマ」(膨大な数の荷電粒子たちが構成するマクロな系)において生起する多様な現象は、「集団現象」の探究にとって絶好の研究材料である。プラズマという存在の宇宙的な普遍性によって、その物理の研究は、宇宙・天体現象を理解するための基礎として重要であるのみならず、星の活動メカニズム(元素合成とともにエネルギーを産出する)核融合を地上で利用しようという核融合炉開発にとって核心的な重要性をもつ。また、プラズマ状態にある物質が、他の相にある物質と相互作用する界面は、集団現象によって生み出される独特な非平衡状態の構造をもち、宇宙における化学反応プロセスの典型的な場であるとともに、これを応用する様々な工学(半導体加工や医療工学など)に大きな可能性を拓きつつある。

本研究構想は、プラズマ物理学を集団現象の科学という学問の大きな文脈のうえに位置づけ、学際的な視点から、プラズマがもつ研究対象としての特長(荷電粒子の集団であるために光を含む電磁場によって計測あるいは制御できること)を活かした先端的研究を実施するものである。学際的な課題を共同研究チーム「ユニット」で共有することにより、広く自然科学、さらには社会科学に応用される基本概念や科学的方法論を生み出す。これまでもプラズマの研究からエントロピー、カオス、自己組織化など様々な分野に広がる普遍的なテーマについて重要な成果が生まれてきた。それを可能とするのは実験の厳密さ、精度と蓋然性の高さ、さらに理論・シミュレーション研究との密接な連携である。PPD-APEXは、プラズマ内部の現象を透視する能力において世界トップの性能をもつLHDをさらに高精度・高分解能に増力した実験システムである。それを活かした実験研究によって、これまで見えなかった事象の発見、メカニズムの解明、さらに新しい概念や方法論の発明を目指す。

核融合科学の中核的な課題を集団現象という学際的な観点からテーマ化することは、核融合科学のパラダイム転換をもたらす。これまでのパラダイムは、装置方式間の性能比較であり、基本的には「パラメタ競争」である。装置を作って、比べてみる、という素朴な科学である。これに対して、学術研究としての核融合科学の新しいパラダイムは、いろいろな方式にわたって共通性があるテーマを取り出し、一般性という観点から研究するテーマの一覧表である。個別の方式において生じる課題(例えば閉じ込め性能が良くならないとか、突発的な不安定性が起こるとか)を、個別性を超えた一般原理に基づいて解決できるようにするための基盤である。核融合研究のパラダイムを「学術的な課題群」として整理することで、核融合科学は他の様々な科学・技術分野(天文学、宇宙物理、流体物理、原子物理、超伝導工学、極限材料学など)と交流することが可能となり、大きなシナジー効果が生まれる。広く「学際社会」へ開かれた頭脳循環の中で、核融合科学の発展を支える人材が育成される。

分野融合の意義・効果

核融合炉の実現に向けた開発が進む一方で、研究内容が特殊化しており、学術としての一般性の再構築が課題になっている。核融合科学分野の共同研究機関である核融合科学研究所に対して、多くの分野から多角的な問題意識に基づく共同利用・共同研究の要求が国際的に高まっており、より未来志向で分野融合的なテーマの研究が提案されている。例えば、超高温プラズマの研究は、宇宙・天体の物質状態であるプラズマの構造やダイナミクスを解明するための実験物理学として位置づけることができる。そのような要請に応えるために、これまでの主題であった装置方式のパラメタ競争から、装置方式を超越する一般的な学術的課題の学際的研究へとパラダイム転換する。学術研究の本質は「一般性の探求」であり、核融合炉で起こる現象を自然界あるいは他の技術で遭遇する現象と結びつけてテーマ化することで大きなシナジー効果が生まれる。

国内外の研究動向と当該構想の位置付け

プラズマ物理は核融合研究をブーストとして急速に進歩してきた。世界の核融合研究は、ITERを中核とした核融合炉開発のロードマップを掲げ、国際協力によって進められている。同時に、ITER後を見据えた核融合発電炉の開発に関する取り組みが各国で加速されており、日本では内閣府に核融合戦略有識者会議が設置され、国としての開発方針が示されようとしている。英米を中心に核融合ベンチャーの活動も拡大しており、実用化に向けた国際競争の時代を迎えようとしている。こうした開発研究の進展に伴い、選択と集中が進む中、学術研究の役割として、一般性のある研究課題を定式化し、学際的な頭脳循環と人材育成の体制を構築することが緊急の課題となっている。

本計画は、核融合科学のパラダイム転換で世界に先駆け、これまでの装置固有の特性を研究する時代から、むしろ装置に依存しない一般性のある物理原理を研究する時代へ進化させることを狙ったものである。PPD-APEXは、プラズマの内部を透視し解析する能力で世界を凌駕する「物理学実験装置」であり、その優位性を維持して、研究をリードする必要がある。

国際協力・国際共同

核融合科学研究所は、様々な学際的研究テーマに関して国際共同研究を実施しており、今後はより学際性を高めた共同研究を推進する計画である。また、オープンデータ化を進め、広い研究者コミュニティに、データ(解析・シミュレーションプログラムを含む)の利用を広げる。

核融合分野では、ITER機構と学術・科学・技術協力協定を締結し、技術協力やトカマク物理活動(ITPA)を通じて、ITER協定参加極との学術交流、研究協力を進めている。また、2国間の国際交流協定により、日米科学技術協力事業(核融合分野)、日韓核融合協力事業、日中科学技術協力事業、日欧核融合協力協定、日豪科学技術研究開発協力協定、日露科学技術協力協定の実施機関として大学研究者の国際共同研究をサポートしている。その他にも、各国の30を超える大学や研究機関とも個別の国際学術交流協定を締結し、幅広く国際共同研究を展開している。

学際的な協力としては、自然科学研究機構に国際連携研究センター「アストロフュージョンプラズマ物理研究部門」を置き、プリンストン大学、マックスプランク・プラズマ研究所と連携した研究および人材育成を行っている。

実施機関と実施体制

本計画は、自然科学研究機構・核融合科学研究所が中核となり、国内外の広い分野の研究者を巻き込んだ、学際的・国際的共同研究プロジェクトとして推進する。

核融合科学は極めて多くの難題を束にした総合的な研究分野である。学術研究機関である核融合科学研究所は、核融合研究の束を開いて学術的テーマに分節化し、それぞれの問題を一般化することで、他分野と連携した共同研究を実現する役割を担う。そのために、学際的な共同研究チーム「ユニット」を編成している。ユニットは10年の目標を定めた共同研究の実施主体である。それぞれのユニットがアイデンティティとして掲げる「ユニットテーマ」は、今後10年の未来を見据えて、コミュニティをあげた議論によって設定した研究目標を表現したものである。それらが核融合科学の「新しいパラダイム」を構成する。ユニットテーマ構築の議論を若手の研究者たち(30代から40代)がリードしたことは、特筆すべき点である。

ユニットは、いろいろな専門性をもつ所内外の研究者が共同研究者として参画する、広く学術界へ開かれた組織である。複数のユニットの協力体制として「プロジェクト」が構成される。ユニットは、研究者個人と、様々な大型プロジェクトを有機的に結びつけるための中間項であり、これを学際的な研究テーマによって編成することで、ダイナミックな分野交流と大きなシナジー効果を生み出す。本計画で実施されるプロジェクトは、同時に他のプロジェクト(例えば大型望遠鏡による天体観測、人工衛星による磁気圏探査、極地におけるオーロラ観測など)とユニットを通じて結び合い、大きな学術交流を生み出す。

核融合科学研究所は共同研究機関として、最新鋭の研究施設を整備して、世界トップレベルの国際的な共同研究を実施している。中核的実験設備であるLHDとその後継計画PPD-APEXは、多種多様なプラズマ計測器群によって、超高温プラズマの内部で起こる様々な複雑現象を透視し分析する能力において、世界一の性能をもつ。これとスーパーコンピュータ「雷神」によるシミュレーション研究が一体となって、プラズマの集団現象に関する高精度の研究を実施できる。これらを活用する学際的かつ国際的な共同研究プロジェクトの成果をオープンデータ化することによって、予定された研究目標を超えるセレンディピティが期待できる。

所要経費

本計画は、LHDの資産を有効に再利用するとともに、プラズマ生成部および計測システムを循環的に高性能化する合理化によって大幅な経費削減を行う。

  1. プラズマ生成部の転換(2026年度:25億円):プラズマ生成部をLHDから、よりコンパクトなPEX-Cへ転換する。PEX-Cは2006年まで稼働していた装置CHS等、既存装置を改造し利用するために大幅な経費削減が可能である。
  2. 計測システムの構築(2026年度:25億円):高性能プラズマ計測システムPDD-A、PPD-Bを建設。
  3. プラズマ生成部の転換(2027~2030年度:125億円):プラズマ閉じ込め特性を改善した新型のプラズマ生成部APEX-Cを制作し、2030年度に転換する。
  4. 計測システムの新設および増力(2031~2034年度:100億円):APEX-Cによって新たに設定される実験課題のためにPPD-Cを新設、PPD-A、PPD-Bを増力。
  5. 運用経費(2027~2029、2031~2035年度:200億円):プラズマ生成部保守運転費、実験運転経費、共同研究実施のための経費。

実施計画・スケジュール

核融合科学・プラズマ物理の持続可能な発展のために、研究施設の大型化を追求するのではなく、パラダイム転換によって、研究テーマおよび共同研究体制のダイナミックな脱構築が行われるシステムを作る。具体的には、実験対象であるプラズマを生成する装置(プラズマ生成部)と、それを計測し分析する装置(実験プラットフォーム)を、交互に「高性能化」してゆく成長戦略である。

本計画は、1998年からLHDを中核的実験施設として実施されてきた研究成果を礎としつつ、2023年度から新しいパラダイムへ転換する学術研究基盤事業(LHD)としての3年間のフェイズを経て、2026年度から始まるPPD-APEXに接続される。ハード面では、実験装置群を新しい研究に有効利用する循環型の発展を実現する。ソフト面では、ユニット体制によって、研究内容を学際的な視点からダイナミックに更新し、大規模な頭脳循環を引き起こす共同研究を実施する。

  • 2026年度:プラズマ生成部をLHDからPEX-Cへ変更し、新たな計測システムPPD-AおよびPPD-Bを建設する。この計測システムは、LHDで実証された世界トップの計測装置群を大幅に増力したものである。
  • 2027年度~2029年度:PEX-Cの運転、PPD-AおよびPPD-Bの運用と連続的な改良によって、プラズマの集団現象に関する研究を実施する。これと並行して、プラズマ生成部を新しいシステムAPEX-Cへ更新するための装置設計・製作を進める。
  • 2030年度:プラズマ生成部をAPEX-Cへ更新する改造を実施。
  • 2031年度:APEX-Cの運転を開始し、PPD-AおよびPPD-Bの運用で実験を遂行しつつ、新たな計測システムPPD-Cを建設する。
  • 2032年度~:計測システムの増力改造を行いつつ研究を実施。並行して次期計画のためにプラズマ生成部APEX-C2の設計研究を進める。

これまでの準備状況

2021年度の初頭から、核融合科学のパラダイム転換を行うための超分野的な議論を行い、本計画を立案した。2021年9月、核融合科学研究所の運営会議のもとに『今後の核融合科学研究所の在り方に関する検討ワーキンググループ』を設置し、運営会議から6人(内3人は所内から選出)、学識経験者5人の合計11人のメンバーで、核融合科学研究所の改革について審議した。核融合研究の進展・状況変化を分析し、学術界(学会、国の諸諮問委員会や日本学術会議等)で交わされてきた議論を踏まえ、(1)核融合科学の総合的な研究のために、核融合科学研究所がより学際的な視点から基礎研究を多角的に展開することの必要性、(2)より自由な発想に基づく独創的な研究が行われるべく、10人程度のメンバーで構成される競争研究グループを組織し、かつ固定化しない開かれた組織体制が必要であること、(3)これまで蓄積された研究資産を有効に活用し、世界トップレベルの研究が実施できる高度な学術研究基盤が必要あること等が提言された。本計画は、その提言『今後の核融合科学研究所の在り方』に基づくものである。

日本学術会議ではプラズマサイエンス小委員会を設置し(2021年5月)核融合科学を含む広い学際的分野としてのプラズマサイエンスの長期ビジョンを学問論として議論した。そこで示された具体的な研究課題と分野の振興策が、本計画のビジョンの礎となっている。

本計画を実施する基盤として、核融合科学研究所は、研究部を「ユニット体制」に改革し、幅広い分野の研究者を巻き込んだ共同研究の体制を整えた。ユニットが掲げる学際的研究テーマ「ユニットテーマ」は、所内外をオンラインでつないで実施したユニット構築会議およびユニットテーマ公聴会(全40回開催し、毎回100~200人が参加)を経て設定された。ユニットテーマ構築の議論を若手の研究者たち(30代から40代)がリードしたことは、特筆すべき点である。

他方、ハード面では、世界最高の時間・空間分解能をもつ計測器群を備えたLHDを中核的実験設備とし、スーパーコンピュータ「雷神」によるシミュレーションが連携した研究を実施できる環境が整備されている。さらに、学際連携センターを新たに設置し(2023年度)、そのイニシアリブのもと、学際的連携を強化する体制を整えている。

共同実施体制

核融合科学研究所は、全ての共同研究を公募し、所内外の委員で構成する共同研究委員会において審議して計画を策定している。今後はさらに、ユニット体制と学際連携センターの支援によって、従来の公募による研究提案の受付だけでなく、さらに積極的に他分野へ働きかけて、高度な目的に戦略的に取り組む共同研究を実施する。

実験研究の実施にあたっては、所内外の研究者で構成される実験会議で実施計画を策定し、国内外の研究者を含む実験グループリーダーが主導する。また、国内外全ての共同研究者が一堂に会して実験提案について討議する場としてResearch Forumを開催している。共同研究の成果は、毎年開催する「成果報告会」において報告され、ピアレビューの結果は、次年度以降の共同研究採択のための審査に反映される。

さらに、学際連携センターを設置し、核融合科学研究所の研究施設に加え、国内外の主要研究装置を共同利用する研究ネットワークを構築している。実験データの共有と公開を行い、オープンサイエンスを推進することによって、研究装置やデータへのアクセシビリティを向上させ、分野外の研究者の共同研究参画を促進している。

当該構想の国際的な我が国の優位性

我が国では、核融合研究の黎明期にあたる1959年に、原子力委員会核融合専門部会(湯川秀樹部会長)が『核融合反応の研究の進め方について』を答申し、「高温プラズマの諸性質について一層理解を深めることの必要性」を強調している。同年、日本学術会議は、核融合の基礎研究の重要性、および天体物理学や工学諸分野との学際性の観点から、共同研究機関として「プラズマ研究所」を設立することを、当時の文部省へ提言、1961年に名古屋大学・プラズマ研究所が設立された。その使命は核融合科学研究所に引き継がれてきた。このように、我が国では当初から学術の重要性を国の方針の中で明確にしつつ、研究開発を進め、世界のプラズマ物理研究で中核的な地位を築いてきた。プラズマ物理のみならず、関連分野である天体・宇宙物理、超電導などの要素技術分野でも世界をリードする成果をあげてきた我が国の重厚で幅広い学術研究は、今後も学際的にプラズマ物理学を成長させうる豊饒な土壌である。

プラズマ内部を透視する診断能力において世界最高の性能をもつLHDをはじめ、核融合科学研究所が有する施設群は、トップレベルの研究を行う総合的な研究基盤である。

当該構想に我が国が取り組む必要性

核融合炉の実現へ向けた期待が高まる中、研究開発を新しい段階へ進めるために、プラズマ物理学のパラダイム転換が必要である。本計画は、世界に先駆けて、新しい時代の核融合科学、その中核となるプラズマ物理研究を形作ることをアウトカムとして構想したものである。

これから厳しい国際競争の時代を迎える核融合炉開発は、多くの不確実性を残しながらも、デファクトスタンダードに研究資源を集中する必要がある。未経験の事象に直面した時には、困難を学術的な課題に還元し、その解決法を与える科学知が必要となる。学術研究の役割は、分節化された課題(プラズマの制御、安定化、高性能化など)についての多様な選択肢を提供することである。装置間の優劣という主題ではなく、装置方式を超越した一般的な科学知こそが、学術研究が用意すべき多様な選択肢であり、そのために超高温プラズマの中で生起する「集団現象」の複雑性に関する正確な理解が必要となる。集団現象という普遍的なテーマに学際的に取り組む中核的な研究拠点を形成することによって、学際的かつ国際的な頭脳循環のなかで優秀な人材を確保する必要がある。

社会的価値

未来技術の開発に貢献する学術研究と自然科学の最先端研究という二つの焦点を統合した研究こそ、ビッグサイエンスのあるべき姿であり、その実践の場から、新しい科学技術の領域を開拓する人材が育つ。プラズマ物理は、天体の内部で起こるエネルギー発生と元素合成のプロセスを地上で再現し、これをエネルギープラントとして利用しようという研究であり、まさに自然科学と未来技術という二つの焦点を統合したビッグサイエンスである。その推進は、学術の振興としての効果と、革新的技術による新エネルギーの獲得という二重の社会貢献となる。

120以上の国と地域が目標として掲げる「2050年カーボンニュートラル」を達成するために、残された約30年で核融合エネルギーを実用化することが期待されている(第208回国会 岸田内閣総理大臣施政方針演説 2022年1月17日 等)。学術界の中核的研究機関である核融合科学研究所は、本計画を共同研究として実施すことで、開発研究に必要な科学的基盤を構築するともに、今後核融合技術の分野で国際的リーダーシップが取れる人材を確保できる学際的・国際的な頭脳循環を実現する。