核融合科学研究所

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2025.6.4

急速な密度上昇によってプラズマを閉じ込め特性の高い状態に変化させる

研究成果(プレスリリース)

概要

京都大学大学院エネルギー科学研究科 荻原築 修士課程学生、京都大学エネルギー理工学研究所 稲垣滋 教授、門信一郎 同准教授、自然科学研究機構核融合科学研究所 本島厳 准教授らの研究グループは、核融合エネルギーを生み出すために重要な「プラズマを磁場で閉じ込める」実験で、新しい発見をしました。

プラズマは一度ある状態になると、そこから別の状態に移すのは難しく、通常、状態を変えるには大きな加熱などが必要です。しかし最近では、「ペレット入射」という技術が進歩してきました。これは、水素の氷の粒をプラズマに高速で撃ち込む方法です。ペレット入射は短時間で大量の水素をプラズマの中心まで届けられます。そのため、水素をガスで入射するよりもすばやく密度の高いプラズマを作ることができます。この高密度プラズマは、エネルギー閉じ込め特性※1が高いことが以前から知られていました。本研究グループは、「Heliotron J(ヘリオトロン J※2)」という装置を使って実験をしました。ペレットを入射すると、プラズマはガス入射の時とは違う新しい状態に変化し、閉じ込め性能が高くなりました。このとき、ペレットが溶けてできた冷たいプラズマが再び加熱されていく過程で、プラズマの温度・密度やそれを取り囲む磁場の構造※3が再編成されることも観測されました。これは、プラズマの「状態」が、急な変化によって新しい状態へ移ることができるようになったことを意味します。これは「焼入れ」という金属加工の手法にも似ています。金属を高温にしてから急に冷やすと、普通に冷やしたときと違う性質が現れます。金属とプラズマは別物ですが、プラズマも急激な変化を与えると、内部の構造が変わって別の状態に変化することが分かってきました。この研究は、「プラズマの状態を変えるカギは、急激な変化と内部構造の再編成にある」という新しい視点を与えるもので、将来の核融合エネルギーの実現に役立つことが期待されます。

本成果は、2025年5月13日に、国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

概略図:ペレット入射によってプラズマの温度・密度や磁力線構造が再編される様子
概略図:ペレット入射によってプラズマの温度・密度や磁力線構造が再編される様子

背景

太陽は巨大なプラズマであり、自らの重力によってプラズマを閉じ込め、核融合を起こしています。一方、地上で同じような核融合を実現するには、重力の代わりに磁場を使ってプラズマを閉じ込める必要があります。この磁場閉じ込め方式では、プラズマの温度や密度が違っていても、エネルギーの閉じ込め方や粒子のふるまいが似ていれば、それらは同じ状態のプラズマとして分類されます。例えば、熱が逃げやすい状態や、粒子が逃げにくい状態など、さまざまなプラズマの状態があることが知られています。しかし、一度ある状態になったプラズマを別の状態に変えるのは簡単ではありません。多くの場合、強力な加熱を行わないと状態を変えることができません。もし、プラズマの状態を制御できるようになれば、核融合に最も適した状態を狙って作ることができるかもしれません。しかし、「なぜプラズマがある状態を選ぶのか」、「どのようにすればその状態を変えられるのか」については、まだはっきりと分かっていないのが現状です。

研究手法・成果

本研究グループは「ペレット入射」という方法を使って、プラズマの密度を一気に高める実験を行いました。ペレット入射とは、水素の氷の粒(ペレット)を高速でプラズマに撃ち込む技術で、将来の核融合炉では燃料の供給やプラズマ内部の粒子制御の手段と考えられています。今回の実験では、ヘリオトロンJを使い、もともと高温・低密度だったプラズマにペレットを入射しました。その結果、プラズマの密度は一気に約10倍となり、核融合炉で想定される密度の3分の1(1立法メートルあたり約3×1019個)にまで達しました。氷のペレットは高温のプラズマに入射されると、固体から気体、そして大量の「冷たいプラズマ」になります。プラズマからの放射などの計測結果から、この冷たいプラズマは一旦プラズマの中心に集まりプラズマ全体が収縮、その後、再び加熱されて膨張することが明らかになりました。膨張が終わった時のプラズマの温度や密度の分布は、ペレットを入射する前とは全く異なっており、ペレット入射後のプラズマの方が、より多くのエネルギーを保持していることが分かりました。このような状態は、水素ガスを注入してゆっくり密度を上げた場合には得られないものであり、ペレット入射によってプラズマを新しい状態に変えることができたといえます。さらにこの過程では、プラズマを閉じ込める磁場の周辺構造にも急激な変化が起きていることが明らかになりました。本研究グループは、密度が高まることでプラズマ中の粒子同士の衝突(相互作用)が増え、それにより温度・密度・磁場構造が速く変化できるようになり、新しい状態に移行できるようになったのではないかと考えています。

波及効果、今後の予定

今回の研究では、急激な変化(たとえばペレット入射)を使えば、プラズマの状態を意図的に変えられるという可能性が示されました。これは、新しい制御手段として使えるかもしれないという意味で、とても大きな成果です。また、ペレット入射によって作られたプラズマは、高い密度と良好なエネルギーの閉じ込め性能を持っていました。これは、将来の核融合炉に必要とされるプラズマ特性です。このため、この研究の成果は、将来の核融合炉の早期実現に貢献すると期待されています。とはいえ、まだ解決しなければならない課題も多くあります。一度変化したプラズマの状態が、時間の経過とともに元に戻ってしまうのかどうかは、まだよく分かっていません。長時間、安定してこの状態を維持できないと、実用的な核融合炉には使えません。そして最も根本的な「どうしてプラズマは閉じ込めの良い状態に自然と変わったのか?」という理由は、現代の知識では説明がついていません。研究グループは、こうした疑問に答えるために、さらに詳しい実験や理論の研究を進めていく予定です。この研究は、核融合炉に向けた「プラズマ制御」の新しい扉を開いたばかりです。今後の進展によって、核融合エネルギーの実現がぐっと近づくかもしれません。

研究プロジェクトについて

本研究は、自然科学研究機構核融合科学研究所双方向型共同研究(NIFS10 KUHL030)の支援を受けて行われました。本論文に用いたデータは以下からアクセスできます。
https://www.iae.kyoto-u.ac.jp/heliotronj/opendata.html

【用語解説】

※1 エネルギー閉じ込め特性
プラズマのエネルギーは密度×温度です。プラズマのエネルギー閉じ込めは閉じ込め時間(加熱を切った時にプラズマのエネルギーが無くなるまでの時間)で評価します。核融合エネルギーを取り出すには、「密度×温度×閉じ込め時間」を大きくする必要があります。高エネルギーで閉じ込め特性が良いことが必要です。

※2 ヘリオトロンJ
都大学エネルギー理工学研究所に設置されているヘリカル方式の核融合実験装置。京大グループから独自に創案された立体磁気軸ヘリオトロン配位という磁場配位を作り、3千万度以上のプラズマを閉じ込める。プラズマを閉じ込めるための最適な磁場配位の設計原理を探求している。

※3 磁場の構造
プラズマを閉じ込めるには磁力線(1次元)をひねる事で磁気面(2次元)にします。糸で布を織るのと似ています。閉じ込め装置では磁気面で閉じ込められたプラズマの周囲を、面を作らない磁力線が取り囲んでいます。様々なダイナミックなプラズマ現象がこの境界領域で起こることが知られています。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports

題名:Dynamics of plasma reconfiguration after pellet injection in Heliotron J (ヘリオトロンJにおけるペレット入射後のプラズマ再編のダイナミクス)

著者名:K. Ogihara, S. Inagaki, S. Kado, R. Matsutani, G. Motojima, S. Kobayashi, F. Kin, S. Ohshima, T. Minami, S. Konoshima, T. Mizuuchi, H. Okada, K. Nagasaki

DOI: 10.1038/s41598-025-00993-5

本件のお問い合わせ先
  • 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
    管理部 総務企画課 対外協力係
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