核融合科学研究所

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2025.12.19

核融合プラズマの遠隔リアルタイム予測制御を実証 - 1,000 km離れたスーパーコンピュータにデジタルツインを実現 -

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構

国立大学法人 京都大学

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所

研究成果(プレスリリース)

概要

世界で初めて、約1,000 km(往復約2,000 km)離れたスーパーコンピュータ上のデジタルツインを用い、核融合プラズマを遠隔リアルタイム制御することに成功しました。

磁場閉じ込め方式の核融合発電では、長い時間にわたって一億度を超える超高温プラズマを制御することが必要となります。しかしながら、核融合プラズマの複雑な挙動を予測して制御することは、物理モデルの予測精度及び計算速度の制約や未解明な事柄が多いことなどから挑戦的な課題となっています。研究グループはデータ同化と呼ばれる数理的技術を応用して、リアルタイムの計測情報に基づいて予測モデルを最適化することで予測精度を向上すると共に、その高速予測をもとに推定したプラズマの最適制御を行うシステムを開発してきました。

森下侑哉 京都大学大学院工学研究科助教、村上定義 同教授、釼持尚輝 自然科学研究機構核融合科学研究所准教授、舟場久芳 同助教、横山雅之 同教授、長壁正樹 同教授、石井康友 量子科学技術研究開発機構六ヶ所フュージョンエネルギー研究所部長、宮戸直亮 同グループリーダー、徳永晋介 同主幹技術員と上野玄太 情報・システム研究機構 統計数理研究所教授らの研究グループは、大型ヘリカル装置(LHD、岐阜県土岐市)※1と、核融合科学研究所と量子科学技術研究開発機構が共同調達した新スーパーコンピュータ “プラズマシミュレータ”(青森県六ヶ所村) ※2を、高品質・広帯域の学術情報ネットワークSINET6で接続。2万コアの占有計算と処理遅延の最小化により、LHDにおける遠隔地スパコンを介したプラズマのリアルタイム予測制御を実現しました。大規模実験施設と大規模計算機を往復2,000 kmのネットワークで結ぶこの方式は、核融合に限らず幅広い分野のリアルタイム制御の基盤となることが期待されます。

研究背景

世界的なエネルギー問題の解決法として、核融合エネルギーの開発が進められています。その中でも、磁場により超高温プラズマを閉じ込める磁場閉じ込め方式による核融合炉の研究が最も進んでおり、有力視されています。この方式は、高温高密度状態のプラズマを磁場により炉心に閉じ込め、プラズマ内で起こる核融合反応により放出されるエネルギーを電気に変換する発電方式です。この発電方式を実現するためには、核融合プラズマの複雑な挙動を予測し、制御することが必須となります。そこで考えられる制御手法が、数値空間上に再現したプラズマ(デジタルツイン)に基づいて実体の制御を行うデジタルツイン制御です。研究グループは、リアルタイムに得られる観測情報を用いて予測モデルを最適化するデータ同化の手法を組み込み、モデルの精度を高めた状態で最適な制御を推定できる制御システムの開発を進めてきました。

デジタルツイン制御が真価を発揮するのは、温度と密度など複数要素を同時に最適化するリアルタイム運用です。また、実験では計測できない物理量をデジタルツインで推定し制御することも大きな特徴で、計測装置が限定される将来の核融合原型炉では、制御のために様々な物理量をデジタルツインで推定することが必須となります。その実現には、実験と並行してスーパーコンピュータ級の計算資源を専用に使い、大規模並列の予測計算を連続実行することが前提となります。この場合、サイト外のスパコンも使えると活用が広がります。鍵は、遠隔地のスパコンを高品質な長距離ネットワーク経由で低遅延に占有活用し、観測→同化→予測→制御指令(適用)の処理をリアルタイムで回せるかにありました。

研究成果

観測される情報を用いて数値シミュレーションと現実との差異を低減させる手法として、データ同化と呼ばれる数理的手法があります。データ同化は、気象予報などで用いられる手法で、大規模なシミュレーションモデルを観測情報に基づいて最適化し、予測の精度を高めるために役立てられています。そこで我々は、核融合プラズマに対してデータ同化を行うシステムとしてASTI(「アスティ」、Assimilation System for Toroidal plasma Integrated simulation)の開発を進めてきました。ASTIは、データ同化に制御の機能を加えるアイデアにより、核融合プラズマのデジタルツイン制御を実現した世界初のシステムです。このデータ同化に基づく制御手法では、シミュレーションモデルを核融合プラズマの実際の挙動にリアルタイムで適応させることで、モデルの精度を高め、条件が異なる多数のシミュレーションを並列して行うことで、プラズマの将来の状態を確率的に予測し、その予測に基づき現時点における最適な制御を導き出すことができます。これまでに同研究グループは、ASTIによる制御を、粒子供給・プラズマ加熱装置等の多数の制御ノブや高度な計測装置を備えた世界最先端の超伝導プラズマ実験装置である大型ヘリカル装置(LHD)に適用してきました。

本研究では、遠隔地のスーパーコンピュータで予測計算をリアルタイム処理しながら核融合プラズマを制御することに挑みました。核融合科学研究所と量子科学技術研究開発機構(QST)が共同調達した最新鋭スーパーコンピュータ”プラズマシミュレータ”(青森県六ヶ所村)とLHDを高品質・広帯域な学術情報ネットワークSINET6を通して接続しました。ネットワーク接続ではQSTが欧州と共同で実施する幅広いアプローチ活動の一部であるITER遠隔実験センター活動で整備されたアクセス回線や経験も活用しています。このようにLHDと接続されたプラズマシミュレータのCPUコア20,000個を占有利用して従来比約200倍の大規模並列計算により予測計算時間を短縮することで、往復約2,000 kmの高速ネットワーク越しのリアルタイム制御を実現しました(図1)。

図1 核融合科学研究所(NIFS)の大型ヘリカル装置LHD(岐阜県土岐市)と、NIFSと量子科学技術研究開発機構(QST)が共同調達した新型スーパーコンピュータ”プラズマシミュレータ”(青森県六ヶ所村)を高速学術情報ネットワークSINET6を通して接続したデジタルツイン制御を実現
図1 核融合科学研究所(NIFS)の大型ヘリカル装置LHD(岐阜県土岐市)と、NIFSと量子科学技術研究開発機構(QST)が共同調達した新型スーパーコンピュータ”プラズマシミュレータ”(青森県六ヶ所村)を高速学術情報ネットワークSINET6を通して接続したデジタルツイン制御を実現。

さらに、世界で初めて、データ同化に基づくデジタルツインにより、核融合プラズマの温度と密度を対象とした遠隔リアルタイムの多変数予測制御をLHDで実証しました。具体的には、LHDで観測される電子密度・温度の分布を青森のプラズマシミュレータ上の予測モデルへ逐次送信してデータ同化を行い、大規模並列の予測から最適な制御入力を算出して、加熱・粒子供給装置へ制御指令を返送しました。この観測→同化→予測→制御指令(適用)のサイクルをリアルタイムで継続することで、モデルの予測精度を保ちながら、温度と密度の空間構造を同時に目標へ近づけました。図2は制御実験の結果の一例です。この実験では、プラズマの中心における電子温度とイオン温度を約2000万度に揃え、電子密度を3パターンに変化させました。加熱と燃料供給を調整することで、プラズマ状態を目標状態に制御できていることが分かります。

図2 (a)ASTIにより遠隔制御した電子密度分布。ρは規格化小半径であり、0がプラズマの中心、±1がプラズマの端に対応する。(b)プラズマの中心付近での電子温度(Te)とイオン温度(Ti)の時間発展(#197650)。どちらも2keV(約2千万度)付近に制御されている。
図2 (a)ASTIにより遠隔制御した電子密度分布。ρは規格化小半径であり、0がプラズマの中心、±1がプラズマの端に対応する。(b)プラズマの中心付近での電子温度(Te)とイオン温度(Ti)の時間発展(#197650)。どちらも2keV(約2千万度)付近に制御されている。
図3 核融合科学研究所 (NIFS)大型ヘリカル装置 『LHD』・岐阜県土岐市
図3 核融合科学研究所 (NIFS)大型ヘリカル装置 『LHD』・岐阜県土岐市
図4 NIFS & QST 共同調達プラズマ・核融合研究用スパコン 『プラズマシミュレータ』・青森県六ヶ所村
図4 NIFS & QST 共同調達プラズマ・核融合研究用スパコン 『プラズマシミュレータ』・青森県六ヶ所村

研究成果の意義と今後の展開

プラズマの分布制御や突発的な消失現象の回避といった核融合発電の実用化に向けて必須となる制御の実現に向けて本研究で開発した制御システムは、計測できる物理量と計測できない物理量を問わず様々な構成要素を同時に考慮する必要がある核融合炉の予測制御実現に向けた重要な一歩となるものです。特に高速ネットワークを介して遠隔のスーパーコンピュータを占有利用することでリアルタイム制御を実現したことは、より多くの計算を必要とするモデルの高度化のみならず、適用対象装置の柔軟な拡大を可能とするものです。往復2,000 km離れたスーパーコンピュータでの制御実証により、例えば関東にあるスパコンを使って日本全国の核融合装置の制御の可能性を示すことができるため、将来の核融合炉の実用化に向けた重要な意味を持ちます。

【用語解説】

※1  大型ヘリカル装置(LHD)(図3)
岐阜県土岐市の核融合科学研究所にある世界最大級のヘリカル型超伝導プラズマ実験装置。

※2 スーパーコンピュータ “プラズマシミュレータ”(図4)
核融合科学研究所と量子科学技術研究開発機構(QST)で共同調達し、2025年7月からQST六ヶ所フュージョンエネルギー研究所(青森県六ヶ所村)で稼働を開始した、総理論演算性能40.4ペタフロップスを誇る最新鋭スーパーコンピュータ。高速な学術情報ネットワークSINET6に接続され、CPUやGPUを備えた複数のサブシステムにより大規模計算やAI開発を実施可能となっており、国内大学・研究機関から幅広く活用されている。

研究サポート

本研究は、核融合科学研究所との共同研究(NIFS20KLPT007、 NIFS22KAPT008)、量子科学技術研究開発機構との共同研究(04K066、05K098、06K035、07K075)、統計数理研究所との共同研究(2021ISMCRP2005、 2022ISMCRP2026)により行われたものです。また、科研費(JP23K19033、JP25K17368、JP24K00609、JP24K06999)の助成を受けて実施されました。

本件のお問い合わせ先
  • 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
    管理部 総務企画課 対外協力係
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