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プラズマ中の「食べる食べられる」の関係 - 生態学発の数理モデルで磁気島の脈動機構を解明 -
米科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に論文掲載

2022.2.18 研究成果(プレスリリース)

概要

核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の大型ヘリカル装置※1(LHD)では、磁場で高温のプラズマを閉じ込める実験を行っています。プラズマ中に「磁気島※2」と呼ばれる構造が形成されると、装置内壁の熱負荷が減ることが知られています。同研究所の小林達哉助教、 小林政弘准教授らの研究グループは、LHD実験において、磁気島が自発的に拡大・縮小を繰り返す脈動現象を発見しました。そして、この脈動の機構を、生態学発の「捕食者・被食者モデル」を用いて解明しました。本研究成果は、核融合発電の実現に必須である、装置内壁の熱負荷低減に大きく貢献するとともに、宇宙のプラズマの中にも磁気島が形成されると考えられていることから、学際的な研究への発展も期待されます。

この研究成果をまとめた論文が米国の科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に近々掲載される予定です。

研究の背景

プラズマは、気体の成分である原子が電子とイオンに分離し、高速で飛び回っている状態です。私たちの身の回りでは、あまり馴染みがありませんが、宇宙ではダークマター以外の物質のほとんどはプラズマ状態にあります。またプラズマは、エネルギー・環境問題の解決に向けた新しい発電方法として期待されている、核融合発電にも役立てられます。プラズマは自ら振動する、多様な構造を形成する、そして、それらが相互作用するなど、非常に複雑な振る舞いをします。核融合発電の実現、宇宙における様々な謎の解明、太陽活動の予測などのためには、プラズマの複雑な振る舞いを理解することが必要です。

プラズマの振る舞いには、磁場が強い影響を及ぼします。核融合と宇宙のプラズマの多くは磁場で閉じ込められていますが、そのようなプラズマ中には、「磁気島(じきしま)」と呼ばれる構造が形成されることがあります。LHDのプラズマの断面(図1)で磁気島を観測すると、あたかも海の中に浮かぶ島のように見えます。磁気島は、核融合プラズマの閉じ込めに影響を与えます。また、宇宙では、磁気島と深い関係がある「磁気再結合※3」という物理過程が、太陽フレアや地球のオーロラを引き起こしているのではと考えられています。

LHDでは、磁気島とプラズマの関係を調べるため、磁気島を意図的に作って、プラズマの反応を調べる実験を行っています。その成果の一つとして、磁気島を利用することで、プラズマの中心温度を高く保ったまま、装置の内壁への熱負荷を減らせることを明らかにしました。核融合発電の実現には、このような状態を安定して維持することが必要であり、磁気島とプラズマの関係を更に詳しく理解することが求められています。そして、そのような理解は、宇宙プラズマの研究にも貢献すると期待されています。

LHD プラズマ(上)の断面図
図1: LHD プラズマ(上)の断面図。(左)通常は、磁場から流れ出た一部のプラズマが装置壁に衝突し、大きな熱負荷を与える。(右)プラズマ中に磁気島を作ると、流れ出たプラズマの温度を下げることができる。これにより、装置壁への熱負荷を低減できる。また、ピンク色の矢印で表される、磁気島の端を流れる電流が大きくなると、磁気島は大きくなる。

研究成果

核融合科学研究所の小林達哉助教、小林政弘准教授らの研究グループは、LHD における磁気島の性質を調べる実験において、新たなプラズマの振動現象を発見しました。更に、その現象のメカニズムを、生物と環境の間の相互作用を扱う学問である、生態学で用いられている方程式を使って説明することに成功しました。

研究グループが発見したのは、磁気島が拡大と縮小を繰り返す脈動現象です。この脈動は、外部から周期的な力を与えることなく自発的に発生する「自励振動※4」です。研究グループは、この振動に伴って、装置壁の熱負荷が高い状態と低い状態を行き来すること、また、磁気島の端を流れる電流も増減を繰り返していることを明らかにしました。そして、このような振動は、草食動物と肉食動物の個体数の増減といった自然界で見られる自励振動と似ていることに着目して、詳細な機構の解明に取り組みました。

自然界では、草食動物が増えると、それを餌とする肉食動物が増え、肉食動物が増えすぎると草食動物が減るという個体数の変動が起こります。このような二つの競合関係によって生じる変動は、「ロトカ・ボルテラ方程式」(捕食者・被食者モデルとも呼ばれる)を用いて説明できることが知られています。小林助教らは、今回発見した自励振動の発生源は、磁気島の大きさと磁気島の端を流れる電流の競合関係にあると仮定し、ロトカ・ボルテラ方程式を計算してシミュレーションを行いました(図2)。その結果、実験結果を再現することに成功し、これにより自励振動の発生機構を解明することができました。

捕食者・被食者モデルで得られる競合関係 図2:捕食者・被食者モデルで得られる競合関係。(上)オオカミとウサギの競合関係を表す時系列。ウサギが増加すると、その後、捕食者であるオオカミが増加する。ウサギが減ると、オオカミも減少する。(下)プラズマ中の磁気島と磁気島の端を流れる電流の競合関係。電流が増加すると、磁気島が拡大して壁の熱負荷が低減する。すると、電気抵抗が増加して電流が減少する。電流の減少は、磁気島の縮小を引き起こす。磁気島が縮小すると、壁の熱負荷が増加すると同時に電気抵抗も減少し、電流が増加する。

研究成果の意義と今後の展開

LHD プラズマ実験と生態学発の方程式を組み合わせることで、磁気島とプラズマの関係についての理解が大きく進みました。今後は、この理解を基に、プラズマの中心温度は高く、装置壁の熱負荷は低くという、核融合炉にとって好ましい状態を安定に維持するための方法の確立を目指します。また、磁気島は宇宙プラズマでも形成されると考えられていることから、本研究成果は学際的な研究への発展も期待されます。

【用語解説】

※1 大型ヘリカル装置(LHD)
 核融合科学研究所の実験装置で、超伝導コイルを用いた世界最大級のヘリカル装置。我が国独自のアイデアに基づくヘリオトロン配位と呼ばれる磁場配位を採用し、二重らせん状のコイルを用いて、プラズマの閉じ込めに必要である、ねじれた磁場構造を形成する。1998 年から実験を開始し、2017年には核融合炉で必要とされるイオン温度1 億2 千万度のプラズマの生成に成功した。LHD はLargeHelical Device の略。

※2 磁気島
 核融合プラズマの閉じ込め磁場は、通常入れ子状になったドーナツ形状をしている。ここに、意図的に外部から微小な磁場を加えることで、部分的に独立した磁場構造を作ることができる。この部分的な磁場構造を、プラズマ断面において観察すると水面に浮かぶ島のように見えることから、「磁気島」と呼ぶ。

※3 磁気再結合
 プラズマ中で引き伸ばされた磁力線が向きの異なる別の磁力線とつなぎかわる現象。磁気島を形成するとともに、磁気島が磁力線つなぎかえの速度を増加させるとも言われている。地球磁気圏、太陽、ブラックホールの周辺でも、磁気再結合が起こっていると考えられている。

※4 自励振動
 振動現象は、通常、その振動と同じ周期を持つ力により駆動される。例えば、ブランコを漕ぐ際には、加速するタイミングに合わせて足を踏み込むことで、より大きな振れ幅にすることができる。それに対し、自励振動とは、時間変化しない一定の力により駆動される振動のこと。物体や組織など、そのシステムの持つ固有の振動数で発振する。バイオリンの絃の振動、心筋細胞の脈動、草食動物と肉食動物の個体数の増減など、自然界に普遍的に見られる振動現象。

【論文情報】

雑誌名:Physical Review Letters

題名:Self-sustained divertor oscillation driven by magnetic island dynamics in torus plasma
(トーラスプラズマにおける磁気島ダイナミクス駆動のダイバータ自励振動)

著者名:小林達哉1,2、小林政弘1,2、成嶋吉朗1,2、鈴木康浩3,1,2、渡邊清政1,4、向井清史1,2、林祐貴1
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所、2 総合研究大学院大学、3 広島大学 大学院先進理工系科学研究科、4 名古屋大学 大学院工学研究科

【研究サポート】

(1)本研究は、文部科学省の科学研究費補助金事業(17K14898, 19H01878, 21K13902)による支援を受けました。

【本件のお問い合わせ先】
  • 研究内容について
    大学共同利用機関法人
    自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
    高温プラズマ物理研究系
    助教 小林 達哉(こばやし たつや)
    電話: 0572-58-2231
    高密度プラズマ物理研究系
    准教授 小林 政弘(こばやし まさひろ)
    電話: 0572-58-2169