2023.3.17
プラズマの複雑流動を単純計算で再現する
- 乱れによる熱の流れを予測する理論研究が大きく進展 -
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
国立大学法人 総合研究大学院大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
研究成果(プレスリリース)概要
プラズマの揺らぎや乱流による熱の流れ(熱輸送)を高精度かつ高速に計算することは、核融合炉の性能予測と制御に関わる物理メカニズムの解明において重要な課題です。
核融合科学研究所の仲田資季准教授と総合研究大学院大学博士課程大学院生の中山智成さんらの研究グループは、スーパーコンピュータを用いた多数の大規模数値計算から得られた乱流と熱輸送のデータを元に、数理最適化*1の手法を応用することで高精度の数理モデル*2を構築することに成功しました。この新しい数理モデルを駆使することで、核融合プラズマの乱流と熱輸送を、単純化された小規模な数値計算のみによって予測することが可能となり、従来の大規模数値計算に比べておよそ1500倍の高速計算が実現されます。本研究成果は核融合プラズマの乱流研究を加速させるだけでなく、そこで開発された複雑な状態を単純計算から予測する手法は、揺らぎや乱れ、流れを伴う様々な複雑流動現象の研究にも貢献することが期待されます。
この研究成果をまとめた論文が英国ネイチャー・パブリッシング・グループの科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に3月16日に掲載されました。
研究の背景
大気や海洋の流れ、脳神経回路の電気信号伝達やタンパク質の分子運動といった、複雑な構造や運動の物理メカニズムを解き明かしていくためには、一般にスーパーコンピュータなどを用いた大規模な数値計算による解析が不可欠です。
核融合炉では、磁場で高温のプラズマ(電子と原子核イオンがバラバラになって運動する高温のガス状物質)を閉じ込めますが、そのようなプラズマ中にも、乱流と呼ばれる複雑な状態が発生する場合があります。乱流は、大小様々な渦が複雑に運動していている状態で、プラズマの熱の流れ(熱輸送)を引き起こします。これによって閉じ込めていた熱が逃げてしまうと、核融合炉の性能が低下してしまうため、乱流は、核融合研究における最も重要な課題のひとつに位置付けられています。
複雑なプラズマ乱流の発生メカニズムや抑制方法、乱流による熱輸送などの詳しい解析にも、スーパーコンピュータを用いた大規模数値計算が駆使されてきました。そこでは、プラズマの運動方程式を解く“非線形計算*3”が用いられます。しかし、プラズマの状態によって乱流は変化することから、プラズマ全域の乱流と熱輸送を解析するには、様々な状態を想定して、何度も大規模な非線形計算を行う必要があり、膨大な計算量を要してしまうことが問題でした。非線形計算の結果を、より単純化された理論モデルや小規模な数値計算から再現を試みる研究も盛んに行われていますが、プラズマの状態が変化した時に精度を維持できない、適用範囲が限られるなどの問題がありました。そのため、これらの問題を解決できる新たな数理モデルの開発が期待されていました。
研究成果
核融合科学研究所の仲田資季准教授と総合研究大学院大学大学院生(博士課程)の中山智成さん、京都大学の本多充教授、量子科学技術研究開発機構の成田絵美主任研究員、核融合科学研究所の沼波政倫准教授、松岡清吉助教らの研究グループは、今回、“線形計算”と呼ばれるプラズマの運動方程式を単純化した小規模な数値計算によって、非線形計算による乱流と熱輸送の結果を高速・高精度・広範囲に再現する研究に取り組みました。
はじめに、仲田准教授らは、プラズマ内の複数の位置、複数の温度分布状態でのプラズマ乱流を解析するため、大規模な非線形計算を多数実行し、乱流の強度や熱輸送量のデータを取得しました。次に、それを再現するために、物理的考察に基づいて単純化した数理モデルを提案しました。この数理モデルには、8個の調整パラメータが含まれていますが、大規模な非線形計算のデータを最も良く再現できるように、それらの最適な値を見つけ出すことが必要です。そこで大学院生の中山さんは、経路探索や機械学習などで用いられる数理最適化の手法を組み合わせながら応用することで、パラメータ値の膨大な組み合わせの中から、最適な値を探索しました。これにより、従来の研究での数理モデルと比較して、高い精度を維持しながらも、適用可能範囲が大きく拡大された新たな数理モデルの構築に成功しました。
この数理モデルと線形計算を組み合わせることで、これまで大規模な非線形計算による解析を要していたプラズマの乱流と熱輸送を、およそ1500倍の速さで高精度に予測することが可能となりました(図)。
研究成果の意義と今後の展開
新たに構築した高速かつ高精度の数理モデルは、核融合プラズマの乱流研究を大きく加速させるものです。また、核融合プラズマ全域の解析のために、乱流の数理モデルと乱流以外の現象の数値計算(プラズマの温度・密度分布や閉じ込め磁場などの変動など)を組み合わせる統合シミュレーション研究が行われていますが、本モデルは、その研究も進展させます。さらに、本モデルによって乱流による熱輸送を抑制するメカニズムの解明が進み、それに基づく、これまでにない革新的な核融合炉を目指す研究にも大きく貢献すると期待されます。
『“単純”から“複雑”を予測する』という挑戦は、複雑な構造や運動を扱う諸科学・テクノロジーでの共通課題です。今後は、この研究で培われたモデル化の手法を、核融合プラズマに限らない複雑流動の研究へと展開していきます。
【用語解説】
※1 数理最適化
解決したい問題を数式として表現し、複数の制約条件の下で、目的に応じたコストの最小化や利得の最大化を与えるような解(状態)や組み合わせを探索する数学的手法を数理最適化と呼ぶ。よく知られた例には、巡回セールスマン問題(労力最小経路の問題)や、ナップサック問題(詰め放題の問題)などがある。
※2 数理モデル
複雑な現象の振る舞いや複雑なデータの分布などに対して、重要な性質を残しながら、より単純に記述するための数学的表現(数式)を数理モデルと呼ぶ。身近な現象を題材とした例には、感染症の流行を記述するSIERモデルや、交通渋滞を記述するセルオートマトン、鳥や魚の群集運動を記述するVicsekモデルなどがある。
※3 非線形計算と線形計算
速度の二乗に比例する空気抵抗や振れ幅が大きい振り子の加速度といったように、物理現象を記述する方程式には、単純な比例関係(線形関係とも言う)にない物理量や効果がしばしば含まれる。そのような複雑な方程式は、非線形方程式と呼ばれ、それを数値計算によって解くことを非線形計算と言う。プラズマの乱流を記述する方程式も非線形方程式であり、これを解くには大規模な数値計算を要する。一方、比例関係のみに着目するために、方程式を単純化して数値計算を実行することを線形計算と言う。一般に線形計算は、非線形計算に比べて少ない計算時間で実行することができる。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
題名:A simplified model to estimate nonlinear turbulent transport by linear dynamics in plasma turbulence
(プラズマ乱流の線形ダイナミクスから非線形乱流輸送現象を推定する縮約モデル)
著者名:中山智成(Tomonari Nakayama)1、仲田資季(Motoki Nakata)2,1,3、本多充(Mitsuru Honda)4、成田絵美(Emi Narita)5、沼波政倫(Masanori Nunami)2,6、松岡清吉(Seikichi Matsuoka)1,2
1 総合研究大学院大学、2 自然科学研究機構 核融合科学研究所
3 JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、4 京都大学大学院工学研究科
5 量子科学技術研究開発機構、6 名古屋大学大学院理学研究科
DOI: https://www.nature.com/articles/s41598-023-29168-w
【研究サポート】
- 本研究は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 さきがけ「複雑な流動・輸送現象の解明・予測・制御に向けた新しい流体科学(研究総括:後藤晋)」における研究課題「数理融合で拓く乱流場中の自発的秩序構造形成の活性化と輸送制御(研究代表者:仲田資季、JPMJPR21O7)」及び次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)、量子科学技術研究開発機構のトカマク炉心プラズマ共同研究、文部科学省の科学研究費補助金事業(20K03907, 22K03574, 17K07001)、日本学術振興会の「研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)」”PLADyS”による支援を受けました。
- 本研究は以下のスーパーコンピュータを利用しました。
プラズマシミュレータ雷神(核融合科学研究所)、JFRS-1(量子科学技術研究開発機構)
【ご参考】
- 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「複雑な流動・輸送現象の解明・予測・制御に向けた新しい流体科学」
- 日本学術振興会 研究拠点形成事業「磁場の多様性が拓く超高温プラズマダイナミクスと構造形成の国際研究拠点形成」 (PLADyS)
【本件のお問い合わせ先】
- 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係