2025.1.22
連動して発生するプラズマ揺らぎをシミュレーションで解明
研究成果(プレスリリース)概要
自然界では複数の揺らぎが連動して発生する現象がしばしば起こりますが、ドイツのASDEX-Upgrade実験装置※1において、高エネルギー粒子が引き起こしたと考えられる、二つのプラズマ揺らぎが連動して発生する現象が観測されました。核融合科学研究所のワン・ハオ助教、藤堂泰教授らはドイツのマックスプランクプラズマ物理研究所の研究者と協力し、核融合科学研究所で開発したシミュレーションコードを用い、スーパーコンピュータで二つの揺らぎの連動発生現象を再現することに成功しました。そして詳細な解析を行い、第一の揺らぎが成長すると、高エネルギー粒子の分布関数※2が大きく変形し、その変形が原因で第二の揺らぎが連動発生することを解明しました。高エネルギー粒子と揺らぎは、核融合エネルギーの実現に必要な高温プラズマの維持に深く関与します。本成果は、それらの研究に大きく貢献するものです。
この研究成果をまとめた論文が Scientific Reports に1月7日に掲載されました。
研究背景
自然界では、複数の揺らぎが連動して発生する現象がしばしば観測されます。例えば巨大地震では、隣接した領域の地震が連続して発生する事例が報告されています。このように複数の揺らぎが連動して発生する場合には、単独の揺らぎが別々に発生する場合と比較して、より大きなエネルギーが解放され、大規模な現象となります。核融合プラズマでは、高エネルギー粒子が引き起こすプラズマの揺らぎが存在し、高エネルギー粒子の閉じ込めを劣化させることが知られています。一方で、このような揺らぎは、高エネルギー粒子のエネルギーを核融合の燃料イオンに伝達して加熱する役割が期待されています。このように、高エネルギー粒子が引き起こす揺らぎは核融合研究の重要な課題であり、その中でも連動して発生する揺らぎは大規模現象に発展するため、特に注目される現象です。
ドイツのASDEX-Upgrade実験装置において、連動して発生する二つの揺らぎが観測されました。これらの揺らぎは高エネルギー粒子が引き起こしたものだと考えられていましたが、なぜそれらが連動して発生するのか、その詳細な機構は分かっていませんでした。
研究成果
核融合科学研究所とマックスプランクプラズマ物理研究所の研究者が協力して、二つの揺らぎが連動して発生する物理機構を解明するために、シミュレーション研究を行いました。
核融合科学研究所では、高エネルギー粒子が引き起こすプラズマの揺らぎをシミュレーションできるコード「MEGA」を開発しています。このシミュレーションは、粒子と流体の二種類の計算を連結して同時に進めるため、ハイブリッドシミュレーション※3と呼ばれています。MEGAコードは国内外の実験装置に適用され、多様な実験結果との比較によりその有効性が実証されています。今回、核融合科学研究所のワン・ハオ助教らはスーパーコンピュータ上でMEGAを用いたシミュレーションを実施し、ASDEX-Upgrade実験装置で観測されていた、二つの揺らぎが連動して発生する現象の再現に成功しました。シミュレーションでは、最初に周波数103キロヘルツの第一揺らぎが高エネルギー粒子によって引き起こされ、続いて周波数51キロヘルツの第二揺らぎが発生して、第一揺らぎよりも大きな振幅に発達しました(図)。このシミュレーション結果は実験結果と一致しています。

第二揺らぎの発生機構を理解するため、高エネルギー粒子の分布関数の時間発展を調査しました。分布関数とは、プラズマの各位置で、どの速度やどのエネルギーの粒子がどれくらい存在するのかを表すものです。この分布関数の形状が揺らぎの発展と深く関わっています。分布関数の形状が原因で揺らぎが発達する、高エネルギー粒子が揺らぎの影響を受けて分布関数が変形する、といったことが起こります。ワン助教らは、シミュレーション結果を詳細に解析し、第一の揺らぎが成長すると高エネルギー粒子の分布関数が大きく変形し、その変形が原因で第二の揺らぎが発生していることを突き止めました(図)。つまり、高エネルギー粒子の分布関数の変形を介して、二つの揺らぎが連動して発生していることを明らかにしたのです。
研究成果の意義と今後の展開
核融合エネルギーを実現するためには、核融合反応によって発生する高エネルギー粒子がプラズマを加熱し、核融合反応を持続させることが必要です。そのためには、高エネルギー粒子をプラズマ中に効率良く閉じ込めることが求められます。揺らぎが連動して発生すると、高エネルギー粒子の大規模な損失につながる可能性があります。本研究で解明した物理機構の知見を活用することにより、揺らぎの連動発生を抑制する手法の開発に貢献できます。また、この物理機構を利用して、励起が難しい第二揺らぎを第一揺らぎから発生させて、燃料イオンの加熱に役立てることも可能になるかもしれません。さらに、宇宙プラズマでも、波の種類は異なるものの、高エネルギー粒子が引き起こす揺らぎの連動が観測されています。本研究で開発した、高エネルギー粒子分布関数の解析手法は宇宙プラズマへの適用も期待されます。
今後は、高エネルギー粒子と燃料イオンの両方を計算するシミュレーションを実行し、連動する高エネルギー粒子励起揺らぎにおける、燃料イオンの役割や燃料イオンへのエネルギー伝達を研究することを計画しています。
【用語解説】
※1 ASDEX-Upgrade実験装置
ドイツ・ガルヒングに所在するマックスプランクプラズマ物理研究所が運営するトカマク型磁気閉じ込め核融合実験装置。ASDEXは「Axially Symmetric Divertor EXperiment」の略。ASDEX-Upgradeの主半径は1.65メートル、プラズマ量は13立方メートル、プラズマ電流は 1.4 メガアンペアである。
※2 分布関数
簡略化されたモデルでは、平均などの統計量が主要なパラメータを記述するために一般的に用いられる一方、分布関数はデータ内の変動に関するより詳細な情報を提供する。例えば、二つのカップのコーヒーが同じ平均濃度を持つかもしれないが、各カップ内のコーヒー粉の分布は異なり得る。一方のカップでは、コーヒーが底に集中し、上部では薄い味になるかもしれないが、もう一方のカップでは、粉がより均等に分布し、上から下まで一貫した味になるかもしれない。このコーヒー粉の分布、ひいては味の違いは、分布関数によって効果的に記述できる。コーヒーカップ内の異なる分布関数が、濃度の違いによって異なる味や風味をもたらすのと同様に、プラズマ中の粒子の異なる分布関数は、エネルギー伝達や粒子間相互作用などの要因に影響を与えることで、異なる物理現象を引き起こす可能性がある。
※3 ハイブリッドシミュレーション
プラズマの振る舞いを記述する計算モデル(方程式)には、どのような時間・空間スケールに注目するかによって異なる、いくつかのモデルがある。プラズマを総体としてとらえるモデルが磁気流体モデルで、プラズマの密度、流体速度、圧力と電磁場の時間発展を計算する。逆に、プラズマを構成する個々の粒子の運動方程式を計算するのが粒子モデルである。核融合科学研究所では、プラズマの揺らぎを磁気流体モデルで、高エネルギー粒子ならびにイオン粒子を粒子モデルで計算して、それらの時間発展を追跡するとともに、それらを物理的に矛盾なく連結したハイブリッド・シミュレーションプログラムを開発してきた。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
題名:Nonlinear excitation of energetic particle driven geodesic acoustic mode by resonance overlap with Alfven instability in ASDEX Upgrade
著者名:Hao Wang1, Philipp Lauber2, Yasushi Todo1, Yasuhiro Suzuki3, Hanzheng Li1, Malik Idouakass1, Jialei Wang1, Panith Adulsiriswad4, the ASDEX-Upgrade Team
1National Institute for Fusion Science, National Institutes of Natural Sciences, Toki, 509-5292, Japan.
2Max-Planck-Institut für Plasmaphysik, Garching, 85748, Germany.
3Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University, Higashi-Hiroshima, 739-8527, Japan.
4National Institutes for Quantum Science and Technology, Kamikita, 039-3212, Japan.
DOI: 10.1038/s41598-024-82577-3
【研究サポート】
本研究は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「核燃焼プラズマ閉じ込め物理の開拓」(JPMXP1020200103)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP18K13529、JP18H01202、JP21H04973)、及び日本学術振興会研究拠点形成事業「PLADyS」の一部の助成を受けました。また、本研究は、自然科学研究機構のネットワーク型研究加速事業(01422301)及び自然科学研究機構国際研究交流支援事業の一部の助成を受けました。さらに、本研究は、欧州連合が欧州原子力研究・研修プログラムを通じて資金提供するEUROfusionコンソーシアムの枠組み内(101052200–EUROfusion)で一部実施されました。 数値計算は、核融合科学研究所の共同研究プログラム(NIFS19KNXN397、NIFS20KNST156、NIFS21KNST196、及びNIFS22KIST025)の支援、核融合科学研究所の「プラズマシミュレータ」(NEC SX-Aurora TSUBASA)、国際核融合エネルギー研究センター計算シミュレーションセンター(IFERC-CSC)のJFRS-1スーパーコンピュータシステム、及び理化学研究センター計算科学研究センターが提供するスーパーコンピュータ「富岳」(プロジェクトID:hp200127、hp210178、hp220165)を用いて実施されました。
本件のお問い合わせ先
- 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所
管理部 総務企画課 対外協力係