2026.10.15
自然科学研究機構 核融合科学研究所
国立大学法人 電気通信大学
原子分光で原子核を探る― 多価イオン精密分光で希土類原子核の謎に迫る ―
研究成果(プレスリリース)概要
自然科学研究機構核融合科学研究所、電気通信大学、クレムソン大学、グルノーブル・アルプ大学を中心とする国際共同研究グループは、電気通信大学の実験装置Tokyo-EBITを用いた原子分光によって、原子核半径を評価する新しい手法を実証しました。研究グループは、高階電離した原子『多価イオン』が放出する極端紫外光の高精度波長計測を行いました。実験で得られた精密な原子のエネルギー準位と、最新の原子構造計算の結果を比較することで、原子核由来のエネルギーシフトを正確に評価し、核半径の情報を引き出すことに成功しました。
今回の研究対象は、自然界に存在する希土類元素のルテチウム(Lu)とイッテルビウム(Yb)です。これらは、元素周期表で隣接しています。研究グループは、新手法を用いてこれらの原子核の大きさの差を評価しました。その結果、従来の推奨データベースで示唆されていた「ルテチウムの原子核が隣接元素より大きい」という異常な傾向が誤りであることを示し、原子核半径に見られる偶奇性(Odd-Even Staggering)※1が本来の形で回復されることを明らかにしました。ただし、本実験では、現在広く用いられている核構造の理論計算で説明できないほど大きな偶奇性が示され、実験と理論の不一致が新たな課題として提起されました。
本研究は、多価イオン分光による新しい核構造研究の可能性を示すとともに、重い原子核の構造を理解する上で新たな課題を提起するものです。
この研究成果をまとめた論文はNature Communicationsへの掲載が決まり、9月26日にearly-access versionが公開されました。
研究背景
原子核の大きさ(電荷半径)は、原子核内部の陽子や中性子の配置を反映する重要な物理量です。特に希土類元素のような変形した原子核では、電荷半径の変化を調べることで核構造や核変形の理解を深めることができます。
これまで原子核半径の測定には、電子散乱実験やミュオン原子分光、中性原子や一価イオンのレーザー分光などが用いられてきましたが、異なる元素同士を直接比較することは容易ではありませんでした。
ルテチウム(Lu)とイッテルビウム(Yb)については、過去の実験に基づく評価値から、奇数個の陽子を持つルテチウムの原子核が隣接する偶数陽子核より大きいという、他の希土類元素では見られない異常な傾向が示されていました。これは長年にわたり未解決の問題となっていました。
研究成果
国際共同研究グループは、原子核半径を評価するため、原子核の大きさが原子のエネルギー準位にずれを引き起こす効果(体積シフト※2)に着目しました。本来、このエネルギーシフトは非常に小さいものです。これは、原子中の束縛電子にとって原子核の大きさはあまりに小さく、殆ど認識出来ない関係にあることに起因します。そこで国際共同研究グループは、このシフトを増強し、原子核半径を精度良く評価する分光実験対象として、多価イオン※3を採用しました。多価イオンにおける束縛電子は、原子核近傍に存在するため、体積シフトがエネルギー準位に色濃く反映されます(図1)。
実験では、電気通信大学の多価イオン分光装置Tokyo-EBIT(図2)※4を用いて、ルテチウム(Lu)およびイッテルビウム(Yb)の多価イオンを生成しました。これらのイオンから放射される極端紫外線※5の高分解能発光スペクトルを交互に測定し、Lu59+,Lu60+およびYb58+,Yb59+の発光線エネルギーを比較しました(図3)。最新の高精度原子構造計算を用いて、観測された発光線エネルギーの差を、原子核半径差へ変換したところ、ルテチウム(原子番号71)の原子核はイッテルビウム(原子番号70)よりもわずかに小さいことが示されました(図4)。この結果は、希土類領域の核半径において期待される原子番号の偶奇性がYb-Luでも成立していることを示唆しており、長年議論されてきたルテチウム原子核半径の「逆転問題」が解決されたことを意味します。
研究成果の意義と今後の展開
本研究では、多価イオンの極端紫外線分光によって重元素の原子核半径が評価可能であることを実証しました。特に、中性原子や一価イオンのレーザー分光などの従来手法では困難であった『異なる元素間の直接比較』を可能にし、重元素領域の核構造研究に新しい手法を提供しました。
また、本研究によって得られた希土類元素の原子核半径は、従来の実験データに基づく描像を見直す一方で、現在の核構造理論では十分説明できない大きな偶奇効果の存在を示唆しており、重い変形核における新たな課題が浮き彫りとなりました。
今後は、今回対象としたルテチウムやイッテルビウムだけでなく、周辺の希土類元素や放射性核種へ研究対象を広げることで、この現象が一般的なものか、それとも特定の核種に固有のものかを明らかにしていきます。多価イオン分光による系統的な測定は、原子核構造の新たな理解につながることが期待されます。
また本研究は、これまで相対論的原子物理の理解や核融合科学の発展のために培ってきた多価イオン分光を、原子核研究へ応用したものです。本研究を通じて、高精度波長解析、希土類元素導入法、高精度原子構造計算など、多価イオン分光の関連技術を、従来よりも洗練させることができました。今後、これらの技術を用いた多価イオン分光研究を精力的に展開し、核融合プラズマ診断・宇宙物理・短波長光源開発など、幅広い学際分野への貢献を目指します。


電気通信大学 レーザー新世代研究センターにある多価イオン分光装置。


【用語解説】
※1 原子核半径に見られる偶奇性(Odd-Even Staggering)
原子核の大きさは、陽子や中性子の数が変わるにつれて滑らかに変化するだけでなく、陽子の数(原子番号)が偶数の原子核と奇数の原子核の間で、わずかにジグザグした変化を示します。この規則的な変化を「偶奇性(Odd-Even Staggering)」と呼びます。偶奇性は、原子核内部で働く力や、陽子・中性子がペアを作る性質を反映しており、原子核構造を理解するための重要な手掛かりとなります。本研究では、この偶奇性が従来考えられていたよりも顕著である可能性が示され、現在の理論では十分説明できない新たな課題が浮かび上がりました。
※2 体積シフト
原子核の「大きさ(体積や電荷の広がり)」が異なるために、軌道電子のエネルギー準位がわずかに変化する現象。
※3 多価イオン
正もしくは負に2価以上帯電した原子・分子の総称。ここでは、多数の電子が剥がされた原子イオン(陽イオン)のことを指す。
※4 Tokyo-EBIT
EBITとは「電子ビームイオントラップ(Electron Beam Ion Trap)」の略で、単一エネルギーの電子ビームを磁場によって収束させ、高密度化した実験室プラズマ装置のことを指す。EBIT中に原子を導入すると、電子との衝突が頻繁に起こり、逐次的な電離過程が生じて多価イオンが生成される。Tokyo-EBITは、電気通信大学で1990年代に開発され、長く運用されているEBIT装置である。電子ビームエネルギー・電流ともに世界最高クラスの性能を誇り、高価数の重元素多価イオンの生成および発光観測が可能である。
※5 極端紫外線
可視光とX線の中間付近の波長の電磁波。本研究で観測したのは7-10 nm付近の発光。
【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
題名:Puzzling Isotonic Odd-Even Staggering of Charge-radii in Deformed Rare Earth Nuclei
著者名:Endre Takacs, Hunter Staiger, Steven A. Blundell, Naoki Kimura, Hiroyuki A. Sakaue, Ronald F. Garcia Ruiz, Witold Nazarewicz, Paul-Gerhard Reinhard, Chowdhury A. Faiyaz, Chihiro Suzuki, Dipti, István Angeli, Yuri Ralchenko, Izumi Murakami, Daiji Kato, Yuki Nagai, Ryuji Takaoka, Yoshiki Miya, Nobuyuki Nakamura
DOI: 10.1038/s41467-026-77471-7
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